ゲゼルマネー経済学入門~ゲゼルマネーを導入して、好景気にしよう

ゲゼルマネー経済学入門

ゲゼルマネーを導入して、好景気にしよう

【コラム】株式水準の決定方程式と気体の状態方程式

 二つの方程式が並んだ、変なタイトルです。変なこと考えてます。

 株式水準の決定方程式を見て、ふと気体の状態方程式を思い浮かべました。株価Pと気体の状態方程式の圧力pが似ているな、と。株取引の動きは、さながら気体の分子運動と私には見えてきました(笑)。

f:id:toranosuke_blog:20190615140119g:plain
wikipediaより


 こんなアナロジーから、株式水準の決定方程式を考えてみました。

1. 株価水準の決定方程式と気体の状態方程式

 株価水準の決定方程式(株価決定式)は、次の通りです。


\begin{eqnarray}
PN & = & Mr \\
 ここで、 & & \\
& P:& 株価水準\\
& N:& 株式数\\
& M:& 貨幣量 \\
& r: & 株式比率\\
\end{eqnarray}

 一方、気体の状態方程式(気体状態式)は、次の通りです。


\begin{eqnarray}
pV & = & nRT \\
 ここで、 & & \\
& p:& 圧力 \\
& V: & 体積\\
& n:& 物質量\\
& R:& 気体定数\\
& T:& 温度\\
\end{eqnarray}

2. 株価決定式と気体状態式の対応

 この二つの式がどのように対応しているように見えるかというと、次の通りです。

株価決定式気体状態式
株価 P (yen/stock)圧力 p (Pa=N/㎡)
株式数 N (stock) 体積 V (L=㎥)
貨幣量 M (yen) 物質量 n (mol)
株式比率 r (無次元量) 気体定数×温度 RT (J/mol)

 単位を適当に付しましたが、気体状態式の左辺の気圧の単位パスカルPaは  N/m ^2、体積の単位は  m ^3、PVの単位は  Nm、つまり、エネルギーの単位のジュール J (=Nm)です。

 一方、右辺は、物質量 (mol)×気体定数(J/(K mol)×温度(K))で、単位はジュールJで、単位系は一致していることが分かります。また、(気体定数 R)×(温度 T)は、単位物質量あたりの分子が持つエネルギーを意味します*1

 気体状態式と株価決定式で表される現象を定性的に言うと、例えば、次のようになります。

  • 体積Vが大きくなれば(株式分割して株式数Nが多くなれば)、
      → 圧力pは低くなる(額面の株価Pは下がる)。
  • 閉じ込める気体の量nが多くなれば(貨幣量Mが多くなれば)、
      → 圧力Pが高くなる(株価Pが上がる)。
  • 温度Tが高くなれば(株式比率rが高くなり市場が過熱すれば)、
      → 圧力pが高くなる(株価Pが高くなる)。

 株価決定式は、気体状態式に類似性があることが分かります。

3. 株式におけるボイルの法則

 ボイルの法則は、株式ではどのように対応するのでしょうか?それは、自社株買いや株式分割における株価の決定則に対応します。

 ボイルの法則は、温度一定Tならば、圧力と体積の積は一定である、という法則です。


pV = 一定

 ここで、体積Vを変更して、V'になるとすれば、圧力p'は次式となります。

\displaystyle
p'  = \frac{pV}{V'}

 圧力・体積を株価P、P'、株式数N、N'に置き換えると、

\displaystyle
P'  = \frac{PN}{N'}

 株式分割によって、株数を2倍の2Nにすれば、株主には新しくN株が与えられ、新しい株価P'は元の株価Pの半額になります。

 自社株買いでは、株式数がN'に減少することで、一株当たりの会社価値が上昇し、株価はP'=PN/N'に上昇することが期待できます(会社価値を利益として説明することが多いです)。

 まさに、株式におけるボイルの法則です。

4. 株式におけるシャルルの法則

 シャルルの法則は、どうでしょうか?

 シャルルの法則における圧力pが一定という仮定は、株式市場では、株価Pが一定という仮定になります。この仮定をおくことは通常できないために、シャルルの法則に直接的に対応する現象は、株式市場には存在しません。

 敢えて言えば、公募増資をしても株価は下がらないと思う会社側の思惑が株式におけるシャルルの法則を前提にしていると言えなくもありません。

 シャルルの法則は、圧力pが一定であれば、体積Vは、温度Tに比例するというものです。


V=\alpha T   (\alpha は比例定数)

これを、株式決定式に対応させると、


N=\beta r   (\beta は比例定数)

 株式比率rは株式市場の過熱に対応しますが、株式市場が活性化している状態では、株式を増資し、株式数Nを増やしても、株価Pは維持できるということが言えれば、株式におけるシャルルの法則が成り立つと言えます。

 しかし、実際には、公募増資は、評価されず下がることが多いので、シャルルの法則が当てはまっているとは言い難いです。

 むしろ、PN=一定のもとでのNの増加と捉えられ(株式の希釈と捉えられて)、株価が下落することの方が多いと思います。シャルルの法則というよりは、ボイルの法則に従っていると言えます。

 しかし、発行する側の思いとしては、株式市場の活況を当て込んで、Nが増えても、株価Pは保てると思って、増資をすると思いますので、株式におけるシャルルの法則への期待があると言えるでしょう。

4. 最後に

 今回の記事では、株式水準の決定方程式を気体の状態方程式とのアナロジーで説明しました。個々の株取引もまた、気体における分子運動のアナロジーで理解することができるかもしれません。

 金融工学については詳しくはありませんが、金融工学で用いるブラック・ショールズの方程式にはブラウン運動がその考えに入っていたり、流体力学で用いるナビエ・ストークスの方程式を用いることもあるそうです。

 株取引を分子運動として捉えることは、あながち間違った見方とは言えないのかもしれません。

(2019/6/14)

関連記事

*1:気体の状態方程式には、いくつかのバリエーションがあり、数密度を変数とする状態方程式  pV=Nk_BTの方が、私のイメージには合います。気体分子の運動を前提とするこの状態方程式のk_BTの項は、一つの分子が持つ平均的なエネルギーを表します。この項は、株価決定式の貨幣回転率rに対応します。貨幣が紙幣なら、回転率rは言うなれば、1枚の紙幣がどれだけ人の手に回り、運動するか、という紙幣のエネルギーを表します。

預金課税によるハイパーインフレ対策

 異次元緩和という金融政策の失敗により、日銀のバランスシートは巨大になり、いずれは、日銀を震源とした経済危機が日本を襲います。これは、異次元緩和の出口が見いだせるか、否かにかかっています。

 異次元緩和からの脱出に失敗すれば、円暴落を引き金としたハイパーインフレに陥いる可能性があります。

f:id:toranosuke_blog:20190613153409j:plain:w400
BBCより引用


 そのとき、何をすべきか?

 先に結論を言います。預金課税を実施することです。預金課税を財源として、財政収支を保った状態で不況対策を行えば、日本は本格的なハイパーインフレへの突入を回避し、経済を立て直すことができるでしょう。

 今回は、この預金課税によるハイパーインフレ対策について述べます。

1. 預金課税によるハイパーインフレ対策

 高インフレは、市中の通貨量を増やさなければ、本格的なハイパーインフレに進むことはありません。何十倍ものインフレを進行させるためには、何十倍もの通貨が必要なのです。

 ハイパーインフレが長引いてしまった多くの国では、ハイパーインフレに伴う国内経済の疲弊に対する対策として、財政ファイナンスによって経済対策を行ったために、流通通貨量が増え、ハイパーインフレを長引かせることになりました。

 終戦直後の日本のインフレも、その例外ではありません。復興金融債の発行がハイパーインフレを長引かせた原因なのです。

 そうです、流通通貨量を増やさなければよいのです。そのためには、財政収支を±0にした上で、経済対策を行う必要があります。

 では、その財源は何か?

 日本には巨額の預金があります。この預金は、国の借金の裏返しでもありますが、この預金を財源とするのです。つまり、預金課税です。

 預金はハイパーインフレになれば、あっという間に価値が無くなっていくのです。そうであれば、価値がなくなる前に価値の劣化を食い止めるために有効に使った方が良いのです。

2. 預金課税の実施

 では、どのように実施するか?それは、次のようになります。

① 現金の引き出しに対して、高率の出金税を課す。
 事実上の預金封鎖です。週当たり、一定額は非課税で引き下ろすことができるようにしても構わないでしょう。また、キャッシュレス決済が普及すれば、そもそも現金は必要ありません。キャッシュレス決済は瞬く間に普及するでしょう。

② 預金税を課す。
 例えば、税率5%を課します。日本には、1,500兆円の預金がありますので、75兆円の税収になります。非課税枠を適用すれば、課税対象預金が1,000兆円なら50兆円程度の税収が得られます。

③ 既存部分の予算は、財政収支±0。
 現状の財政規模を前提とするなら、50兆円の税収のうち、約30兆円を予算に組み入れれば、財政収支を±0にできます。そして、残りの約20兆円が黒字となります。

④ 20兆円の黒字によって不況対策を行う。
 実際には20兆円程度では、経済停滞に伴う税収源を補うだけになるかもしれませんが、それでも、大幅な赤字拡大・大幅な緊縮財政よりはましでしょう。

 この対策は、インフレの初期段階で実施しなければなりません。なぜなら、ハイパーインフレが進行すれば、預金の価値がなくなっていくからです。そうなれば、期待した税収を得られなくなります。

 また、長期化すれば、国債も高金利のものに入れ替わり、利払い費が上昇、財政収支±0を確保することが、ますます困難になります。

 早期実施が、鍵です。そして、危機的な事態を日本人が認識し、この厳しい対策を受け入れられるかに掛かっています。

3. 最後に

 異次元緩和の失敗により、日本にはハイパーインフレが訪れる危険があります。異次元緩和の出口を見いだせるか、否かにかかっています。

 もし、出口を見出すことができなければ、日本は深刻な経済危機に陥ります。おそらく、多くの国がなったように、通貨危機に陥り、輸入物価インフレをきっかけにした高インフレやマイルドなハイパーインフレ*1になるでしょう。

 このインフレをアルゼンチンやブラジル、ロシア、そして、ジンバブエやベネズエラが陥ったような本格的なハイパーインフレに突入させないための対策を今から考えおく必要があります。

 私は、この対策として、預金課税が有効であると考えています。日本には、他の国にはない巨額の預金があるのです。この預金を使って、早い段階で物価上昇を止めれば、本格的なハイパーインフレを回避することができるのです。

 この対策は、ハイパーインフレが進行してしまえば、使えなくなる方法です。何故なら、預金の価値が実質的になくなるからです。できるだけ、早期に実施する必要があります。

 そのためには、平時のうちに預金課税を導入しておくことが必要と考えます。

(2019/6/13)

関連記事

*1:国際会計基準では3年で100%(年率で約26%)のインフレがハイパーインフレの定義です。マイルドなハイパーインフレとは、この定義程度のインフレを想定しています。

株価水準の決定方程式

 株式を購入して、代金を支払っても、お金の総量は減りません。なぜなら、買い方の反対側には、売り方が存在し、その代金を受け取るからです。

 すると、貨幣量が一定の仮定の下で、株価はどのように決定されるのでしょうか?考えてみました。

1. 株価水準の決定方程式

 株式数をN、株価をPとすると、株価総額Tは、次式となります。


\begin{equation}
T = PN 
\end{equation}

 ここで、株価総額Tと現預金Mの比率がrであるとしましょう。


\begin{equation}\displaystyle
\frac{T}{M} = r
\end{equation}

 従って、株価Pは次のようになります。


\begin{eqnarray}
P & = & \frac{rM}{N}\\
\end{eqnarray}

 この式から、株式比率rを上げれば株価は上がります。逆に、株式市場が冷え込むと、株価Pも下がり、株式比率rも下がります。

 また、この式から、貨幣供給を増やしても株価は上がることが分かります。貨幣供給によって株価が上がることは、経済成長に連動して株価が上がることを意味します(付録A参照)。

 この株価水準の決定方程式は、貨幣数量説のにおける貨幣の捉え方と類似し、フィッシャーの交換方程式の株式市場への適用と解釈することができます (付録B参照)。

2. 資産比率変更時の株価水準

 株式保有と現預金の比率をrからr'に変更したとしましょう。このとき、新しい株価P'は、次となります。

\displaystyle
\begin{eqnarray}
\mbox{現在の株価 } P & = & \frac{rM}{N} \\\\
\mbox{新しい株価 } P' & = & \frac{r'M}{N} \\
\end{eqnarray}

 従って、


\begin{eqnarray}
P' & = & \frac{r'}{r} P
\end{eqnarray}

 これは、株式の保有比率を現在の2倍にすれば、株価が2倍になることを表しています。

3. 日本の家計の株式保有比率

 現在、家計の金融資産に占める現預金と株式(及び投資信託)の比率rは(10.9+4.0)/52.5=0.28に過ぎません*1。一方、米国はr=(38.2+11.8)/13.1 = 3.8、ユーロ圏はr=(19.2+9.6)/33.0=0.87 です。保険・年金で間接保有している株式を含めても、0.5には満たないでしょう。

f:id:toranosuke_blog:20190611070425j:plain
家計の金融資産構成の日米欧比較。 文献*1より引用。


 図の金融資産のデータとは若干時期はずれますが、日本のマネーストックM2は1,026兆円*2、米国のマネーサプライM2は14.5兆ドル *3です。マネーストック・マネーサプライに対する家計の金融資産の比を計算すると、日本は1.7倍に対して、米国は5.6倍です。米国が少ない貨幣量で大きな資産を築けているのは、株式によるところが大きいのです。預金での貯蓄であれば、このようにはなりません。

 家計が株式保有比率を高めることで、株価は大幅に上昇すると考えられます。家計の預金約1,000兆円*4の比で50%まで株価保有比率を高める、あるいは、新しく家計が年率約2%のペースで増やしている現預金20兆円の半分が株式市場に投入されるだけで、年6兆円を購入している日銀以上の買い手となることができます。

4. 最後に

 日銀のETF購入はすぐに限界に到達します。家計の預金が株式投資に回ることで、株価が高い水準で維持されます。年金の運用不足も大幅に解消されるでしょう。そしてなにより、株式投資を行っても、家計の預金は減らないのです。

P.S.:ここで述べた株価水準の決定方程式は、既存の方程式かもしれません。ご存知の方は、ご一報頂ければ幸いです。

(2019/6/11)

関連記事

付録A. 株式のキャピタルゲインとインカムゲイン

 株価は長期的にみれば、経済成長に連動します。

 これは、株価水準の決定方程式 P = rM/N を見ても分かるでしょう。つまり、経済が成長すれば、貨幣供給は増え、この貨幣Mの増加によって、株価Pが上昇します。

 さて、この株価の上昇は、キャピタルゲインをもたらします。一方、株式配当によってインカムゲインも得れます。これに比較して、預金や (満期保有目的の) 債券はインカムゲインしか得られません。さらに、株式の配当利回りは、(安定成長した企業では) 預金利回りよりも高いことが求められ、多くの場合、実際にそうなっています。

 株式は、経済成長によってキャピタルゲインが得られるとともに、預金・債券よりも利回りのよいインカムゲインを期待できるのです。

 預金・債券よりも、株式によって運用する方が、年金資金のような長期運用を前提とするなら、良いことが分かります。

 但し、あくまでも経済成長が前提です。あまり経済が成長しなかったバブル崩壊後の日本では、この株式運用の旨味を得ることはできませんでした。

付録B. フィッシャーの交換方程式の観点からの解釈

 株価水準の決定方程式と貨幣数量説におけるフィッシャーの方程式には、類似性があります。

 貨幣数量説におけるフィッシャーの交換方程式は、


\begin{eqnarray}
MV & = & PQ \\
 ここで、 & & \\
& M:& 貨幣量 \\
& V: & 貨幣回転率\\
& P:& 物価水準\\
& Q:& 取引量\\
\end{eqnarray}

 一方、株価水準の決定方程式は、変形すると、


\begin{eqnarray}
Mr & = & PN \\
 ここで、 & & \\
& M:& 貨幣量 \\
& r: & 株式比率\\
& P:& 株価水準\\
& N:& 株式数\\
\end{eqnarray}

 フィッシャーの交換方程式はある期間における取引という動的な状態を表す式ですが、株価水準の決定方程式はある保有比率になったときの静的な状態を表す式です。

 フィッシャーの式の取引量Qは、期間当たりの取引の数です。一方、株式決定式では、Nは株式の数です。株式決定式の右辺は(単価)×(数)、フィッシャーの式は(単価)×(数)/(時間)となります。

 左辺の貨幣量Mは同じです。大きな違いは、貨幣回転率Vと株式比率rです。

 rには時間的な概念はありませんが、r=1なら貨幣量Mの貨幣が株購入のために1回使われた、r=2なら2回使われたと考えることができます。つまり、貨幣の回転数です。そして、Mrは、株式購入のために使った貨幣量と言えます。

 rの増加は (俗にいう)株式市場への資金流入、rの減少は株式市場からの資金流出と言い換えることもできるでしょう。

 このように考えると、株価水準の決定方程式は、フィッシャーの交換方程式を株式市場に適用した式と解釈することができます。

付録C. 実際の株式市場との違い

 実際の株価は、景気動向やPERやPBRなど様々な指標を考慮して形成されます。この観点で言えば、これらの基礎的な要素が、株式保有比率rを決めていると考える方が妥当なのかもしれません。しかし、ポートフォリオの一部として株式比率を考えることも多く、必ずしも株式保有比率rが一方的に従属的であるとも言えません。

 ここでは、この株価決定式に関わる現実との違いに絞って述べます。

 株式の多くは、頻繁には売買されないということです。売買されない株式は価格形成には影響を与えません。マネーストックの一部の資金と一部の株式が売買されることで、株価が決定されます。

 株式市場にある資金をM_s、取引される株数をN_sとすれば、ここで決められる株価P_sは、次式となります。

\displaystyle
P_s = \frac{rM_s}{N_s}

 取引される株式が少なければ、その分、小さな資金量の変動でも、株価は大きく変動することになります。

 また、少ない浮動株の取引きによって決定された株価P_sによって、売買されない株式も含めた全体の株式の時価総額が計算されます。

 しかし、一見大きな時価総額であっても、株は売却して実現しなければ、利益は得られません。皆が売却益を一斉に実現しようとすると、株価は値下がりしてしまいます。

 たとえ、株式市場が好調で、時価総額が大きくなっていたとしても、見せかけのものであることを忘れてはいけません。

フィッシャーの交換方程式の観点からのゲゼルマネーの理解

 時間と共に価値が減っていくお金がゲゼルマネーです。持っていると価値が下がるので、直ぐに使いたくなります。このため、貨幣回転率が高くなります。

 貨幣回転率が高いというゲゼルマネーの特徴を、フィッシャーの交換方程式の観点から見ると、どのように理解することができるでしょうか?

1. フィッシャーの交換方程式

 貨幣数量説では、社会に流通している貨幣量とその回転率が物価水準を決めると考えます。貨幣数量説を表す代表的な式がフィッシャーの交換方程式です。


\begin{eqnarray}
MV & = & PQ \\
 ここで、 & & \\
& M:& 貨幣量 \\
& V: & 貨幣回転率\\
& P:& 物価水準\\
& Q:& 取引量\\
\end{eqnarray}

 金融政策としてインフレ目標を立てて、物価を上昇させようとする場合には、(V、Qを一定と仮定すれば)貨幣量Mを増大させることで、物価Pを上昇させることができます。

2. ゲゼルマネーにおけるフィッシャーの交換方程式

 一方、貨幣回転率が高くなるゲゼルマネーでは、お金の回転は取引の回数に比例しますので、V、Qは比例すると考えます。


V = Q (比例係数を省略)

 さて、このとき、フィッシャーの交換方程式は、次式となります。


M = P

 貨幣をゲゼルマネー化すれば、貨幣回転率Vが大きくなり、取引量Qが大きくなりますので、貨幣量Mの増大による物価Pの上昇操作は不必要です(但し、取引量Qの増大により、結果的に物価Pの上昇は発生します)。

 ゲゼルマネーでは、貨幣量ではなく、貨幣回転率Vをどれだけ高くできるかが重要になります。

3. 日本の貨幣回転率

 日本と米国、ユーロ圏での貨幣回転率は、図に示すように、大きな違いがあります。2012年のデータですが、日本は、約0.6、ユーロ圏は約1.1、米国は約1.6で、日本は1/2、1/3の回転率でした。

 この回転率を他国並みに上昇させることができれば、いまよりも2倍、3倍のGDPが得らるでしょう。

 回転率が低い要因の一つは、日本は貯蓄性向が高いことです。節約をして貯蓄を行うことは悪いことではないのですが、経済成長にとってはマイナス要因となります。

f:id:toranosuke_blog:20190608192108j:plain:w400
日米欧の貨幣回転率。文献*1より引用。

4. 最後に

 ゲゼルマネーによって貨幣回転率を上昇させることで、景気拡大を行う方法は、日本のように著しく貨幣回転率が低い国では効果がある方法だと思います。日本人に対しては、今の2倍の回転率が限界だとしても、それを目指して年数パーセントずつ回転率を上げることができれば、10年後に今の2倍のGDPを得ることも不可能ではないでしょう。

 貨幣回転率の上昇で景気拡大できますが、貨幣回転率の上昇には限界がありますので、長期的な経済成長には、やはり貨幣供給が必要となってきます。とは言っても、巨額の赤字国債発行や異次元緩和、ヘリコプターマネーのような無理がある貨幣供給は必要ないでしょう。

(2019/6/8)

非課税枠付き預金課税と消費減税を同時実施した場合の損益分岐点

 非課税枠付き預金課税と消費減税の同時実施は、消費に対するペナルティを貯蓄に対するペナルティに転換するもので、消費を喚起する税制改革です。

 今回は、この税制を実施したときの、家計における増税と減税が相殺する損益分岐点について計算しました。

1. 損益分岐点の計算方法

 世帯人数をn、非課税枠をF、預金残高をD、預金課税率をp、預金課税額をS、世帯の消費額をC、消費税の減税率をr、消費減税額をTとします。このとき、世帯の預金課税額Sと消費減税額Tはそれぞれ次の通りです。

  • 世帯の預金課税額S
 
S=
\left\{
\begin{array}{ll}
p~(D-nF)  &~~ ( D > nFのとき ) \\ 
0             &~~(それ以外(非課税枠内)) \\ 
\end{array} 
\right.
  • 世帯の消費減税額T

T= rC
  • 増減税額 S-T


S-T = \left\{\begin{array}{ll}
p~(D-nF) - rC & ~~ ( D>nFのとき)\\
-rC  & ~~ (それ以外(非課税枠内))
\end{array}
\right.

 S<Tならば、減税です。課税額Sと減税額Tが同じになる損益分岐点は、預金残高や消費支出他の6つのパラメータによって変わります。但し、世帯の預金残高が非課税枠内であれば、他の条件によらず、常に減税となります。

2. パラメータの想定値

 世帯の消費額Cに対する増減税額や預金残高の損益分岐点などのグラフを作成しました。損益分岐のシミュレーションに当っての6つのパラメータについて説明します。

2.1 預金残高D

  • 預金残高D

 預金残高Dに対する損益分岐点は、次式となります。

 \displaystyle
D=\frac{r}{p}C+nF

 この式を使って、消費に対する預金残高の損益分岐点の計算を行いました。

2.2 預金課税率pと消費減税率r

 預金課税率pを0.5%とした場合、概算で 消費税換算で2%程度の税収が得られると見積もっています(後日、掲載予定)。見積もり誤差等も考慮して、計算範囲としては、1.0%~3.0%で計算しました。

  • 預金課税率p=0.5%
  • 消費減税率r= 1.0%, 1.5%, 2.0%, 2.5%, 3.0%

 r/pの比率が同じ場合には、預金残高Dに対する損益分岐点は変わりませんので、預金課金率p=0.5%の場合のみを計算します。預金課税率pが2倍になれば、増税に相当する減税の消費減税率rも2倍になります。

2.3 世帯人数n

  • 世帯人数 n=1~4名

 世帯人数を一つだけ計算する場合には、n=2名の場合について計算しました。

2.4 世帯の消費額C

  • C=0~1,000万円

(消費減税率r)/(預金課税率p)の比に消費額Cを乗じた金額だけ損益分岐点が大きくなります。p=0.5%、r=2.0%ではr/p=4となりますので、消費額Cの4倍に比例して、預金残高の損益分岐点が大きくなります。つまり、消費が多い世帯ほど、大きな額の預金をしていても、損にはなりません。逆に預金が大いにも関わらず、消費が少ない場合には、損をすることになります。お金を持っている人ほど、消費しないと損になるというわけです。

2.5 非課税枠F

  • 非課税枠F = 350万円

 (世帯人数n)×(非課税枠)が世帯の非課税枠となり、預金残高の損益分岐点が大きい方にシフトします。

 非課税枠の350万円は、現在の「マル優」(障害者等の少額預金の利子所得等の非課税制度)の非課税枠と同一にしています。昔は、全国民に一律にあったマル優枠の復活です*1

3. 損益分岐点の計算結果

 消費税額に対する増減税額、預金残高に対する増減税額、消費額に対する現預金残高の損益分岐点についてグラフにしました。

預金残高に対する増減税額

 消費額が200万円から600万円の場合の預金残高に対する増減税額のグラフです。増減税額0円よりも下で減税、上で増税となります。

 あまり預金を持っていなければ、消費が少なくても、減税になります。預金が多ければ、多いほど増税になることが分かると思います。つまり、この税改正は、貯蓄が少ない人には減税、富裕層には増税となります。

f:id:toranosuke_blog:20190606232334p:plain

消費額に対する増減税額

 預金課税0.5%、消費減税率2%、非課税枠350万円/人、世帯人数2名の条件で、預金残高を非課税枠内(700万円以下)、1,000万円~5,000万円の場合の消費額に対する増減税額をグラフにしました。

 線の右肩下がりは、消費をすればするほど、減税の恩恵を受けらることを表しています。消費税単独で減税を大なった場合には富裕層が、より多くの恩恵を受けますが、ここでも同様に消費が多いほど、減税額が多くなります。しかし、預金課税による増税があるために、富裕層であればあるほど恩恵を受けることは難しくなります。

 非課税枠700万円以内の預金しか持たない場合には、消費減税の恩恵をそのまま受けられます。預金残高2,000万円で消費支出が300万円でも、5,000円の増税にしかなっていません。一方、預金残高5,000万円のときのように貯蓄が多いと、消費によって減税幅は大きくできますが、なかなか得をするまでにはなりません。つまり、預金残高が多い人ほど、より多く消費しないと損となります。

f:id:toranosuke_blog:20190606232325p:plain

消費額に対する預金残高の損益分岐点 (世帯人数)

 世帯人数を1~4人とした場合の消費額に対する預金残高の損益分岐点のグラフです。直線よりも下の領域の消費額・預金残高の世帯であれば、この税制を適用することにより、得となります。

 世帯人数が多ければ多いほど、非課税枠が広がります。消費額が0円のときの縦軸の預金残高の値が預金残高の非課税枠を表しています。例えば、子供がいる世帯、扶養家族が多い世帯は非課税枠が拡大し、優遇されます。

f:id:toranosuke_blog:20190606193543p:plain

消費額に対する預金残高の損益分岐点 (消費減税率)

 消費減税率を1%~3%の場合の消費額に対する預金残高の損益分岐点のグラフです。消費税の減税幅が小さくなると、得をする預金残高の条件が厳しくなります。

 しかし、消費減税率1%の場合であっても、多くの世帯、特に若い世代では、減税の恩恵を受けられると思います。

f:id:toranosuke_blog:20190606193927p:plain

モデルケース

 いま想定しているのは、預金課税率p=0.5%、消費減税率2%です。この場合のモデルケースについて見てみます。

  • 非課税世帯
     1~4名で、それぞれ350万円、700万円、1050万円、1400万円までの預金が非課税となります。預金課税はありませんので、消費減税の恩恵を最大限で得られます。消費額200万円であれば4万円、300万円であれば6万円、400万円であれば8万円の減税です。預金が少ない人は、増税はなく、減税のみです。
  • 単身世帯
     非課税枠は、350万円。消費額が200万円の単身世帯なら預金残高が1,150万円以下、消費額400万円であれば預金残高1,950万円以下で減税です。
  • 4人世帯
     非課税枠は、1,400万円。例えば、子供二人・夫婦世帯の子育て世帯なら、貯蓄ができない時期なので、多くの世帯で非課税となります。そうでなくとも、消費額400万円でも預金残高が3000万円以下であれば、この税制を適用すると、得をします。
  • 2人世帯
     非課税枠は、700万円。共働き夫婦世帯や老後世代では、非課税枠を超える貯蓄となることも多いかと思いますが、消費額300万円なら、1,900万円までなら、トータル減税です。それ以上となると、増税となりますので、預金ではなく、他の金融商品に投資して節税する必要があるでしょう。リスクを好まず、節税をしたい方は、公社債投信や国債によって運用することになると思います。
  • 富裕層
     預金残高が多くて、消費しない富裕層には増税です。預金残高が5,000万円あって、300万円しか消費しない二人世帯であると、損失となります。このときの増税額は、15.5万円となります。5,000万円の預金者の損益分岐点は、消費額1,075万円となります。老後資金として、多額の預金を保有している場合には厳しいハードルかもしれません。

\begin{eqnarray}
増税額  & = & S-T \\
      & = & p(D-nF)-rC \\
      & = & 0.005\times (5,000  - 2 \times 350 ) - 0.02 \times 300 \\
      & = & 21.5万円 - 6万円\\
      & = & 15.5万円
\end{eqnarray}
  • 超富裕層
     次の額の消費をすれば、超富裕層でも減税となりますが、現状の想定ではp/r=1/4ですので、預金の1/4を消費することになり、減税となるまでの消費はないと思います。従って、超富裕層は増税です。
     \displaystyle
    C = \frac{p}{r}(D-nF)
    
     10億円の預金には約500万円、100億円の預金には約5,000万円の課税となります。節税のためにどれほどの資金が預金から流出するか、動向に注意する必要があります。
  • 法人
     法人には非課税枠を想定していません。また、企業の場合には決算で現預金額が確定しますので、現金課税も加えて現預金課税でも構いません。但し、銀行経由の徴収によって毎月課税を実施する場合には対応できないので、その場合は、現金課税の実施は難しいかもしれません。
     貯蓄過剰な企業にはペナルティで、預金を有効に使うような圧力となり、設備投資や配当が促進されます。企業の場合、金融商品を購入するというような節税行動はあまりとらないと考えています。
     但し、企業に対する非課税枠を設定する場合には、超富裕層のタックスヘイブンにならないように注意する必要があります。また、家族経営の会社に非課税枠を設定すると、家計と会社の二つに非課税枠が設定されることになります。

4. 最後に

 非課税枠付き預金課税を導入し、消費減税を行う場合の損益分岐点についてシミュレーションしました。現状想定している預金課税率0.5%、消費減税率2.0%では、過半の世帯で減税の恩恵を受けられると思います。一般庶民に恩恵のある良い税制ではないかと思います。

 一方、多額の預金を持つ方は、増税となります。しかし、現在構想している預金課税は銀行預金(と証券会社の預り金)のみへの課税ですので、株式・投資信託などの金融投資で節税することができます*2。金融投資への誘導は、この課税の目的の一つです*3

 節税に向かう預金量は不明ですが、仮に100兆円の預金流出があっても、0.5兆円の減収に過ぎません。この税制の導入により、消費・投資は活性化されますので、他の税収の増加で十分カバーできる範囲にあると考えられます。

(2019/6/6) 

関連記事

*1:利子課税を廃止して、預金課税に一本化することも検討課題です。利子課税は税率20%ですので、例えば、預金利回りが5%であれば1%の預金課税、利回り2.5%なら0.5%の預金課税と同じです。利子課税は、利子に対する固定税率、元本に対しては変動税率になっています。預金課税は、利子課税の廃止で、元本に対する変動税率から固定税率への変更を意味します。

*2:株式購入では、全体としては預金は減りません。それは買い方の反対側には、必ず売り方がいるからです。詳しくは、こちら

*3:株式市場への資金流入で株高となり、家計全体での金融資産は大きく膨らむことになります。
 消費が激しい米国でも家計の金融資産が大きくなる理由の一つです。
 理想的な経済成長のもとで長期で見れば、株式はインフレに連動し、さらに配当が得られます。一方、預金の元本は、利回りがインフレに連動し、その結果元本もインフレに連動しますが、配当分が得られません。配当を利息に対応するものと見做せば、預金の元本がインフレに連動しないとも言えます。さらに、株価の値上り率はインフレ率よりも大きく、預金利息は配当よりも低い場合が多いです(但し、日本のように株価が伸びない国もあります)。詳細は、こちらの記事

預金通貨の発行-信用創造・政府支出・銀行支出・現金入金

 今回は市中銀行による預金通貨の発行について説明します。金融システムを理解する上で、最も基本的、かつ、重要なことの一つですが、十分に理解している人は少ないように思います。

 家計や企業などの民間で流通している民間流通貨幣 (マネーストック) には、現金通貨 (紙幣・硬貨) と市中銀行に残高データとして管理されている預金通貨 (銀行預金) があります。

 現金通貨は、預金通貨との交換(銀行からの現金の引き出し)によって得られますので、ここでは、主に預金通貨が発行される仕組みについて、述べます。

 さて、預金通貨が発行されるのは、次の4つの場合だけです。

  • 信用創造による場合
  • 政府支出による場合
  • 銀行支出による場合
  • 現金入金による場合

 以下、それぞれについて説明します。

f:id:toranosuke_blog:20190604153219j:plain:w400

1. 信用創造による預金通貨の発行

 預金通貨は、日本銀行が発行しているわけではありません。預金を管理している銀行が発行します。銀行は企業に融資すると、借用書を預かり、そして、銀行口座台帳にあるその企業の口座残高を融資額を加えた数字に書き換えます。これが預金通貨の発行となります。預金通貨は、預金口座台帳でその残高が管理されているだけですので、銀行口座残高が増えれば預金通貨の発行、預金口座残高が減少すれば、預金通貨の消却となります。

 これを信用創造による通貨発行と言います*1 。預金通貨は、昔であれば、預金台帳に万年筆で記帳することで発行されたことから、万年筆マネーと呼ばれることもあります。

 銀行が企業に融資して、預金通貨を発行する場合についてバランスシート(賃借対照表)を用いて説明します。

 現実とは異なりますが、本質を分かりやすくするために、最初は、銀行にも融資先の企業にも資産も負債も何もない状態とします*2

資産負債
0円0円
融資前の企業のバランスシート。


資産負債
0円0円
融資前の銀行のバランスシート。


 銀行が企業に1,000円融資した場合、企業の預金口座に1,000円が振り込まれ、銀行は企業から借用書を預かります。この融資によってバランスシートは次のように変わります。

資産負債
銀行の預金 1,000円銀行からの借入金 1,000円
融資後の企業のバランスシート。


資産負債
企業の借用書(貸出金) 1,000円企業の預金残高 1,000円
融資後の銀行のバランスシート。


 何もない状態から、銀行への融資により、企業の預金が生まれます。これが、信用創造により、お金が生まれる仕組みです。

 実際には、準備預金制度があるため、預金残高に応じて日銀当座預金に残高を確保しておく必要があり、もう少し複雑になりますが、基本的には、融資によってお金が生まれるということに変わりはありません。

2. 政府支出による預金通貨の発行

 政府支出の支払いによっても、預金通貨が発行されます。

 政府は、その事業支出の代金を政府小切手で支払いますが、それを受け取った企業は、その小切手を銀行に持ち込んで、自分の銀行口座に振り込んでもらいます。

 図に政府支出によるバランスシートの変化を示します。支払い前にあった政府預金の支払い代金は、銀行の当座預金に入金され、銀行は企業の預金口座に支払代金を入金します。

 これで、企業の銀行預金残高は支払い代金分だけ増えます。また、日銀当座預金残高が増えてマネタリーベースが増加するとともに、銀行預金残高の増加分のマネーストックも増加します。

f:id:toranosuke_blog:20190604103039j:plain 政府支出による預金通貨の発行。


 政府預金は、税金の徴収や国債発行によって、増加します。国債発行による政府預金の増加については、次回説明します。

マネタリーベース=(日銀券発行高)+(貨幣流通高)+(日銀当座預金) *3

マネーストック:「マネーストック統計とは、「金融部門から経済全体に供給されている通貨の総量」を示す統計です。具体的には、一般法人、個人、地方公共団体などの通貨保有主体(=金融機関・中央政府以外の経済主体)が保有する通貨量の残高を集計しています。 」*4

3. 銀行支出による預金通貨の発行

 銀行支出によっても、民間の預金残高が増えます。銀行が代金支払いや配当・利払い、顧客からの現金の入金を行えば、企業の預金口座残高が増えます。

 代金払い・配当・利払いの場合には、マネーストックは増加します。現金の入金では、マネーストックは変化しません。

3.1 購入代金支払い

 銀行が物品を購入し、その代金を支払ったときに、預金通貨が発行されます。このとき、銀行のバランスシートは、支払代金分大きくなります。

f:id:toranosuke_blog:20190604103008j:plain
銀行支出による預金通貨の発行。


 ここでは、物品の場合で説明しましたが、例えば、電気料金などの支払いでも預金通貨は発行されます。その場合に、バランスシートはどうなるのでしょう?

 損益計算書の結果を反映して、バランスシートは作られます。電気料金の支払い行為だけを抜き出して、損益計算書を作るとすると、電気料金の支払いだけでは売上はなく、赤字決算となりますので、バランスシートの純資産の利益剰余金を減額することになると思います。

3.2 配当・利息の支払い

 銀行の純資産の利益剰余金から株主に配当を行うと、純資産が減少し、株主の預金口座残高が増えます。マネーストックは増加しますが、銀行のバランスシートの大きさは変わりません。

f:id:toranosuke_blog:20190604144628j:plain
配当による預金通貨の発行。


 預金への利息の支払いも、同様に純資産の減少をもたらし、預金者の口座残高が増え、マネーストックが増加します。銀行のバランスシートの大きさは変わりません。

 逆に、融資先からの利払は、預金残高を減少させ(預金通貨が消滅)、銀行の純資産を増加させます。預金通貨の消滅により、マネーストックは減少しますが、銀行のバランスシートは変わりません。

 融資先の利息が他行の預金口座から振り込まれた場合には、銀行のバランスシートは利払い分だけ増加します。一方、他行の預金が減少するので、マネーストックは減少します。

4. 現金入金による預金通貨の発行

 現金の入金によっても、預金残高が増えます。現金の入金による預金残高増も預金通貨の発行と言えますが、預金通貨と現金通貨の交換と呼んだ方がよいかもしれません。

 現金(紙幣・硬貨)の入金は、現金通貨と預金通貨の交換ですから、マネーストックは変化しません。マネタリーベースもこの段階では変化しません。但し、銀行が現金を日本銀行に返却すると、マネタリーベースは減少します (付録A参照)。

f:id:toranosuke_blog:20190604103531j:plain
現金入金による預金通貨の発行

5. 最後に

 市中銀行が発行する預金通貨について説明しました。信用創造・政府支出・銀行支出・現金入金によって、預金通貨は発行されます。

 発行の逆には消却がありますが、これは、基本的には消却と逆の流れでバランスシートが変化します。例えば、融資の場合には、借金返済で預金通貨が消却します。政府への支払い(税金納付)や銀行への出資、現金引き出しでも同様に預金が減少します。

 マネタリーベースに直結する日本銀行による預金通貨発行についても、機会があれば、説明していきたいと思います。

(2019/6/4)

付録A. 紙幣・貨幣の返却

 銀行が紙幣や貨幣の現金通貨を日本銀行に返却する場合について説明します。日銀券は日銀の負債ですが、硬貨は政府が発行した貨幣で日銀にとっては資産となります。このため、返却時のバランスシートに違いがでてきます。

 紙幣や貨幣を引き出すときは、返却と逆のバランスシートの変化となります。

A.1 紙幣の返却

 銀行が紙幣を日銀に返却すると、銀行の当座預金残高が増え、日銀の日銀券発行残高が減少します。マネタリーベースは変わりません。

f:id:toranosuke_blog:20190604103815j:plain:w400
紙幣の返却。

A.2 貨幣の返却

 銀行が貨幣(硬貨)を日銀に返却すると、銀行の当座預金残高が増えます。硬貨は日銀の資産として計上されますので、日銀のバランスシートが拡大します。この場合も、流通貨幣量が減少しますが、当座預金が増えるので、マネタリーベースに変化はありません。

f:id:toranosuke_blog:20190604103918j:plain:w400
貨幣の返却。

*1:筆者は、銀行は預金を集めて、それを貸し出すのではなく、融資をして預金通貨を発行するという立場をとります。銀行が集めた預金を種銭(本源的預金)として、銀行が貸し出しをするという説がありますが、準備預金制度で準備率を0%とすれば、当座預金残高を維持するのに必要な本源的預金は必要なく、ゼロからお金を生み出すことができるからです。また、日銀が設定している準備率は金融機関や預金の種類によって、0.05%から1.3%ですが、仮に1%の準備率であるとすれば、約100倍の融資ができることになります。当座預金が十分にある状態では、その残高の100倍の融資を1回で行うことができます。本源的預金を必要とする説では、当座預金残高の本源的預金を複数の金融機関が関わる融資の連鎖によって説明しますが、本来1回で取引可能な取引を融資の連鎖で説明することに合理性を感じません。

*2:準備預金制度を適用しない場合で説明しています。

*3:日本銀行, 「マネタリーベースの開設」, 2015.

*4:日本銀行, 「マネーストック統計のFAQ」, 2018.

通貨の種類

 金融システムには、いくつもの異なった性格を持つ通貨が流通しています。ここでは、金融システムに流通する通貨の種類について説明します。

f:id:toranosuke_blog:20190604152636j:plain:w400

1. 通貨の種類

 通貨は、その流通する場所によって、2つに分けられます。

 一つは、家計・企業などの民間で流通する通貨です。これを本ブログでは民間流通貨幣と呼ぶことにします。これは、民間の資産です。

 もう一つは、銀行などの金融機関・日銀・政府などの機関の間で流通する通貨です。これを機関流通貨幣と呼ぶことにします。機関流通貨幣は、日銀当座預金や政府預金、日銀券発行高として、日銀によって管理され、日銀の負債です。また、当座預金は銀行の資産、政府預金は政府の資産、日銀券はその所有者の資産です。

2. 民間流通貨幣

 民間で流通する民間流通貨幣には、2種類の通貨があります。一つは、紙幣・硬貨である現金通貨、もう一つは銀行預金である預金通貨です。預金通貨は、市中の銀行が発行し、民間で流通する通貨なので、市中銀行通貨とも呼ばれます。この二つの総額をマネーストックと言います。

 預金通貨は、銀行内で残高データとして管理される通貨で、物理的な実体があるわけではありません。

3. 機関流通貨幣

 銀行などの金融機関・日銀・政府などの機関の間で流通する機関流通貨幣のうち、日銀口座内だけで流通する通貨があります。日銀当座預金です。この通貨は、日銀口座内のみを移動できる通貨で、物理的な実体はなく、残高のデータがあるだけです。

 機関流通貨幣のうち、日銀当座預金と日銀券、政府発行の硬貨を合わせて、中央銀行通貨と呼び、その総額をマネタリーベースと言います*1

4. 政府預金

 政府は、日銀に当座預金を持っています。これは政府預金と言われます。政府と銀行・日銀とのお金のやり取りは、この口座を用いて行われます。

 政府預金は、日銀に残高管理される預金通貨で、機関流通貨幣が流通します。

 日銀が国債を直接買い取れば*2、日銀が通貨発行して、政府預金に代金を入金しますので、中央銀行通貨が入金されます。

 一方、銀行が国債を購入したときの代金は、政府預金へ振り込まれます。国債は、銀行にとっては融資債権と同じように銀行資産であり、国債を購入することは信用創造に他なりません。この点をみれば、政府預金には、市中銀行が発行した市中銀行通貨が入金されたかのように見えます(実際には、購入代金分の残高が、その銀行の日銀当座預金から政府預金に移動します)。

 このように政府預金は、日銀口座内の機関流通貨幣で、日銀負債の中央銀行通貨のような通貨ですが、市中銀行の信用創造に由来する通貨の流入もあります。

 また、政府は特別機関でもあるため、政府預金を中央銀行通貨や市中銀行通貨に含めることはありません。マネタリーベースにも、マネーストックにも含めません。

5. まとめ

 発行主体と流通範囲によって、通貨の種類は、表に示すように分類できます。

 ここで、特に重要なのは、日銀口座内で移動する物理的な実体のない当座預金通貨が引き出されて民間銀行の預金に移動することはないし、逆に、民間銀行の預金通貨が引き出されて当座預金に移動することもありません。

 銀行のバランスシートの視点から別の言い方をすると、銀行の資産である当座預金が、銀行の負債である銀行預金に移ることはないということです。このことは、次の記事で説明する通貨の発行の仕組みが分かると、さらに、よく理解できると思います。

 このことが理解できると、巷でよく言われる「銀行が、日銀の当座預金を引き出して、そのお金を民間に貸し出す」ということが、間違えであるということが分かると思います。

発行機関マネタリーベース
(機関流通貨幣)
マネーストック
(民間流通貨幣)
中央銀行通貨政府硬貨硬貨現金通貨
日銀日銀券日銀券
当座預金-預金通貨
(政府預金)-
市中銀行通貨銀行- 預金
通貨の種類。
政府預金は、マネタリーベースに含めません。

(2019/6/2)

*1:日本銀行, 「マネタリーベース統計のFAQ」, 2013.8

*2:日銀による国債の直接購入(日銀引受)は、基本的に財政法第5条によって禁止されていますが、その但書によって一部は可能となっています。