ゲゼルマネー経済学入門~ゲゼルマネーを導入して、好景気にしよう

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ドーマーの定理の証明(2):金利と成長率に関する米原・荒の条件

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 前回は、オリジナルのドーマーの定理について証明しました。

 今回は、金利と成長率に関連する条件である日本版ドーマーの定理の証明について書きます。日本版ドーマーの定理は、米原淳七郎氏、荒憲治郎氏がそれぞれ独立に条件を導いたそうです。米原・荒の条件と言った方がよいのかもしれません*1

 今回は、この米原・荒の条件について証明します。

1. 金利と成長率に関する米原・荒の条件

 オリジナルのドーマーの定理は、「国債発行がGDPの一定割合ならば、財政破綻しない」ですが、ここには、隠れた条件「経済成長がプラス成長すること」があります。この隠れた条件について、成長率に加えて、金利も考慮したものが、日本版ドーマーの定理、米原・荒の条件です。

 日本版ドーマーの定理は、次のように言われます。

日本版ドーマーの定理
GDP成長率が国債金利を上回れば、財政破綻は生じない。
(GDP・金利はともに名目値)

 ここでの「財政破綻は生じない」の意味は、「国債残高の対GDP比は発散しない」という意味です。

 前回の記事に倣って、言い換えると、

米原・荒による金利と成長率に関する条件
GDP成長率が国債金利を上回れば、国債残高の対GDP比は一定の値に収束する。

となります。

 この定義では、今度は「国債発行がGDPの一定割合であること」に相当する条件が隠れてしまっていますが、それは後ほど説明します。

2. 定理の証明

2.1 国債金利と基礎的財政収支

 ある年の国債残高をB_t、国債金利を r (r > 0) とします。すると、その年の利払いは rB_t となります。その年に必要な国債発行額 b_t は、次のようになります。


b_t = rB_{t} + d^{PB}_t

 ここで、d^{PB}_t は、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の赤字のことで、利払いを除いた財政赤字額です*2

2.2 対GDP比の国債残高

 このとき、新規国債発行後の国債残高  B_{t+1} は、次の通りです。

 \displaystyle
\begin{eqnarray}
B_{t+1} & = & B_{t} + b_t \\
\end{eqnarray} 

 従って、

\displaystyle
\begin{eqnarray}
B_t & = & B_{t-1} + \left( rB_{t-1} + d^{PB}_{t-1}\right) \\
& = & (1+r) B_{t-1} + d^{PB}_{t-1} \\
\end{eqnarray}

2.3 一定の経済成長を仮定

   GDP成長率をg とすると、

\displaystyle
\begin{eqnarray}
G_t & = & (1+g) G_{t-1}  \\
~~\\
\frac{B_t}{G_t} & = & \left(\frac{1+r}{1+g}\right)\frac{B_{t-1}}{G_{t-1}} + \left(\frac{1}{1+r}\right)\left(\frac{1+r}{1+g}\right)\frac{d^{PB}_{t-1}}{G_{t-1}} \\
& = & \left(\frac{1+r}{1+g}\right)^t \frac{B_0}{G_0} + \frac{1}{1+r} \sum_{i=0}^{t-1} \left(\frac{1+r}{1+g}\right)^{t-i}\frac{d^{PB}_i}{G_i} \\
& = & \left(\frac{1+r}{1+g}\right)^t \frac{B_0}{G_0} + \frac{1}{1+g} \sum_{i=1}^{t} \left(\frac{1+r}{1+g}\right)^{i-1}\frac{d^{PB}_{t-i}}{G_{t-i}} \\
\end{eqnarray}

 第1項は r < g 、つまり、国債金利が成長率より小さければ、 t\infty にてゼロに収束します。 しかし、第2項の収束性はd^{PB}_iが不明ですので、判定できません。

2.4 対GDP比の基礎的経済収支は一定を仮定

 このため、基礎的財政収支 d^{PB}_i は、GDP G_i に対して一定割合と仮定します。

 この仮定がドーマーの定理の「国債発行がGDPに対して一定割合であること」に対応します。

\displaystyle
\begin{eqnarray}
d^{PB}_t & = & \beta G_t \\
~~\\
\frac{B_t}{G_t} & = & \left(\frac{1+r}{1+g}\right)^t \frac{B_0}{G_0} + \frac{\beta}{1+g} \sum_{i=1}^{t} \left(\frac{1+r}{1+g}\right)^{i-1} \\
& = & \left(\frac{1+r}{1+g}\right)^t \frac{B_0}{G_0} +\frac{\beta}{g-r}\left(1-\left(\frac{1+r}{1+g}\right)^t\right) ~~~~~(\mbox{但し、}r \neq g )\\
& = & \left(\frac{B_0}{G_0} - \frac{\beta}{g-r}\right)\left(\frac{1+r}{1+g}\right)^t + \frac{\beta}{g-r}
\end{eqnarray}

 従って、r < g 、あるいは、\frac{B_0}{G_0} = \frac{\beta}{g-r} の場合に \frac{\beta}{g-r} に収束します。

\displaystyle
\lim_{t\rightarrow\infty}\frac{B_t}{G_t} = \frac{\beta}{g-r} 

また、r=g、且つ、\beta=0 で、\frac{B_0}{G_0} に収束します。それ以外の場合は、発散します。

2.5 金利と経済成長率は一定でなくてもよい

 ドーマーの定理の場合と同様に金利と経済成長率は一定でなくて構いません。次の条件が成り立っていれば、収束します。


\begin{eqnarray}
g_t & > & r_t \\
\end{eqnarray} 

 この条件が満たされれば、 \frac{1+r_t}{1+g_t} < 1 となり、オリジナルのドーマーの定理と同様に収束は保証されます。

 この場合、g_t < 0、つまり、マイナス成長であっても、収束します。しかし、金利もマイナス金利であることが必要なので、通常はありません*3

3. プライマリーバランスの均衡

3.1 PB均衡は、十分条件

 プライマリーバランス(PB)の均衡が保たれることが、財政破綻しないための条件かのように言われていますが、必ずしもそうではありません。

 プライマリーバランスの均衡とは、つまり、基礎的財政収支 d^{PB}_t = 0 ということです。この場合、式の第2項はゼロになり、r < g のもと、対GDP比の国債残高はゼロに収束していきます。つまり、借金はなくなります。しかし、これは十分条件であって、必要条件ではありません。

3.2 PB赤字でも、財政破綻しない

 d^{PB}_t> 0 で基礎的財政収支が赤字であれば、\frac{\beta}{g-r} に国債残高のGDP比が収束しますので、ドーマーの定理の意味での財政破綻は生じません。

 しかし、前回も述べたようにドーマーの定理での財政破綻は、単に対GDP比の国債残高が発散しないことを意味するだけで、実際に財政が破綻がしないということを保証するわけではありません。

 詳しくは、次回の記事で説明します。

3.3 PB黒字であれば、債権を蓄積

 d^{PB}_t< 0 の場合も同様に、 \frac{\beta}{g-r} に収束します。但し、この場合は、\beta がマイナスですので、マイナス債務、つまり、GDP比で一定の債権が蓄積されるということになります。

 プライマリーバランスの黒字が利払いよりも大きくなっていれば、財政黒字ですので、国債残高の絶対額が減少します。

 また、当初は、利払いの方がプライマリーバランスの黒字よりも大きく財政赤字であったとしても、対GDP比で一定の割合でプライマリーバランスの黒字を継続すれば、利払いによる赤字とプライマリーバランスの黒字が均衡する、つまり、財政収支がゼロとなるポイントに到達します。

 これを超えると、プライマリーバランスの黒字は財政黒字となり、国債残高の絶対額が減少し、遂には国債残高はゼロになります。

 その後の財政黒字を積み上げるのであれば、金利がある債権を国が蓄積することになりますが、これは、現実問題としては発生しないでしょう。

4. 金利と成長率

4.1 金利 < 成長率とはならない

 GDP成長率 g が国債金利 r を上回っていれば、対GDP比の国債残高の収束が期待されますが、実際はどのようになっているでしょうか?

 下図は、日本と米国における国債金利とGDP成長率の推移を示しています。

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日本における国債金利とGDP成長率の推移 (文献*4より引用)

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米国における国債金利とGDP成長率の推移(文献*5より引用)

1980年以前はr<g、1980年~2002年頃はr>g、2003年以降はリーマンショック時を除きr<gで推移している。2000年代は政府債務を増やしながらの経済成長であるので、対GDP比の政府債務は増加している。

 日本は、1981年以降、バブル期の一部と、2013年以降にしか、GDP成長率が金利を超えていません。平均的には r>g であり、対GDP比の国債残高は発散し、財政破綻します。

 米国のデータは10年国債の金利で、短期国債や超長期国債を含めた加重平均での国債金利ではありませんが、多少のずれを考慮しても、安定的に r<g の破綻しない条件を満たしているとは言い難いです。

 日米の金利・成長率のグラフを見る限りでは、金利が経済成長率より小さくなるとは言えません。

4.2 金融抑圧

 普通の金融政策を行っている場合には、r < g になるとは限りませんが、政策的に金利を低くすること、つまり、金融抑圧によって、r < g を実現することが過去に実施されています。

 例えば、第2次世界大戦直後の英国が金融抑圧によって債務縮小を実現した例と言われます*6。図は、英国における利回りと名目成長率の推移を表しています*7。終戦後から1960年頃まで、GDP成長率が利回りを上回り、r<g の状況を実現していることが分かります。

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英国における利回りと名目GDP成長率(文献*8より引用)


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英国における政府債務比率・長期金利・物価上昇率の推移(文献*5より引用)


 戦後、対GDP比250%以上の政府債務を背負った英国は国債金利を規制によって5%以下に固定しました。この金融抑圧や戦後の経済成長なども相まって、対GDP比の政府債務を大幅に縮小することができました。

4.3 日本の異次元緩和政策

 日本は日銀の異次元緩和によって、低金利誘導を行っているため、低金利が継続しています。一方、名目GDPは2011年以降増加していますので、プラス成長です。従って、r < g が実現できている状況にあります。

 しかし、これは日銀の巨額の国債購入で実現しているために、今後、銀行危機や日銀債務超過などの副作用が表面化することが懸念されています。

 基本的には、経済成長率が国債金利を安定的に超えることは期待できないでしょう。

 従って、対GDP比の政府債務を一定程度に納めるのであれば、米原・荒の条件を用いて基礎的財政収支を基準にするのではなく、EUのマーストリヒト基準のように、オリジナルのドーマーの定理に基づいて、財政収支を基準に考えた方が良いのかもしれません。

5. 最後に

 日本版ドーマーの定理、つまり、米原・荒による金利と成長率に関する条件について証明しました。証明のために必要であった条件を付け加えると、今回、証明した命題は、次の通りです。

米原・荒による金利と成長率に関する条件
毎年の基礎的財政収支がGDPの一定割合で、GDP成長率が国債金利を上回れば、国債残高の対GDP比は一定の値に収束する。

(2019/8/28)

関連記事

*1:畑農鋭矢, 「ドーマー条件~第3の謎「出生の秘密」」(2011).

*2:「基礎的財政収支(プライマリー・バランス)とは、税収・税外収入と、国債費(国債の元本返済や利子の支払いにあてられる費用)を除く歳出との収支のこと」(財務省ホームページ

*3:しかし、現在では、日本やドイツ、スイスなどの国債で、マイナス金利となっています。特にドイツ国債は30年債という超長期国債でも、マイナス0.11%の金利を付けています。
Quick Mony World, 「欧州、沈む金利 ベルギーもマイナス、ドイツは中銀預金金利を下回る」, 2019.7.5.
豊島逸夫, 「ドイツ「金利沈没」の衝撃 」, 日本経済新聞, 2019.8.22.
Bloomberg, 「国債全年限でマイナス金利化の足音、世界的なプラス利回り争奪激化で」, 2019.8.23.

*4:小黒一正, 「中長期試算の前提を考える - 「金利・成長率」論争の再燃か -」(2018).

*5:Ed Yardeni, "The Bond Yield & GDP (excerpt)" (2013).

*6:池田信夫, 「日本は「金融抑圧」で政府債務を踏み倒せるか」, アゴラ, 2019.3.13.

*7:利回りは株式利回りのため必ずしも国債金利を表すわけではありませんが、ある程度相関はあると考えられます。

*8:BOND VIGILANTES, "Long-dated UK government bond yields are closely correlated to nominal GDP growth"