ドーマーの定理の一連の記事を書くきっかけは、「インフレ率が上がるまでは、国債発行しても構わない」という反緊縮派の主張にあります。もしかしたら、このインフレ制約があると、ドーマーの定理の条件を満たすのではないかという疑問があり、記事を書き始めました。今回の記事がその疑問への回答になります。
結論は、条件によってはドーマーの定理を満たすが、条件によってはドーマーの定理を満たさず財政破綻する(対GDP比の国債残高は発散する)、です。
その条件とは貨幣流通速度です。
貨幣流通速度が一定、あるいは、上昇していれば、ドーマー条件を満たして、国債残高の対GDP比は収束します。これは当初の予想通りでした。
しかし、貨幣流通速度が低下していけば、ドーマー条件を満たさず、国債残高の対GDP比は発散します。
このため、貨幣流通速度の低下を食い止めることが、国債残高の対GDP比が発散しないために、非常に重要となります。
さて、前回の記事では、インフレ率がゼロのもとでの国債発行額(=貨幣発行量)を貨幣数量説に基づいて示しましたが、今回の記事は、貨幣数量説からの考察をインフレ率だけではなく、より一般化して、インフレ率・GDP成長率・貨幣流通速度を含めて考慮したうえで、国債発行額と国債残高の収束性について検討したいと思います。
1. 貨幣数量説に基づく国債残高の収束性
今回、証明するのは、次の命題です。
貨幣数量説に基づく国債発行額と国債残高の収束性
① インフレ率 が特定の値となるように毎年の国債発行額 を決める場合、国債発行額と実質GDP成長率 、貨幣流通速度の変化率 と貨幣量 の間には、次の関係が成り立つ。
② 名目GDPがプラス成長で、貨幣流通速度が上昇、もしくは、安定していれば、国債残高の対GDP比は収束する。
③ 名目GDPがプラス成長でも、貨幣流通速度が低下していれば、国債発行額の対GDP比は増大していき、国債残高の対GDP比は発散する。
(但し、民間貸出に伴う貨幣供給は、無視できる場合)
3つ目の命題は、別の言い方をすると、国債発行して、貨幣量を増やしても、その端からお金を溜め込んでいかれては、たとえ、経済成長していても、政府債務はどんどんと増えていって、財政破綻するということです。
日本の貨幣流通速度は低下し続けていますが、貨幣流通速度を上げていかないことには、対GDP比の国債残高を減らすことができないことをこの命題は示しています。
2. 証明
2.1 フィッシャーの交換方程式
貨幣数量説におけるフィッシャーの交換方程式によれば、貨幣増加量 、貨幣流通速度の変化率 、インフレ率 、実質GDP成長率 の間には、次の関係があります。
この関係は、通常用いるフィッシャーの交換方程式を微分することで導くことができます*1。また、右辺の は、名目GDP成長率 を表しています。
2.2 国債発行額
インフレ率が となるように(あるいは、名目GDPが となるように)、国債を発行する場合を考えます。(民間貸出に伴う貨幣供給が無視できれば)このときの発行すべき国債額 は、必要な貨幣増加量 と等しくなりますので、
従って、インフレ率を とするために必要な国債発行量 は、フィッシャーの交換方程式から次式となります。
実際には、財政支出によって、、、 は影響を受けるので、過去の実績から予測して、目標のインフレ率 となるように国債発行額 を決めるか、あるいは、目標のインフレ率になるように漸近的に国債発行額を増加させることになると思います。
ここでは、民間貸出に伴う市中銀行による貨幣供給は考慮に入れていませんが、民間貸出を考慮した場合については、付録で検討しました。
2.3 国債発行額の対GDP比
次に国債発行額 の名目GDP に対する比率 を考えていきましょう。
名目GDP は、名目GDP成長率 を用いると、次のように表すことができます。
従って、国債発行額の対GDP比 は、次式となります。
ここで、 を代入し、
2.4 貨幣流通速度に対する収束性
貨幣流通速度が一定の場合、国債残高は収束する
貨幣流通速度が一定の場合、国債残高の対GDP比は、ゼロ成長・プラス成長であれば、収束します。マイナス成長でも、国債残高が発散することはありません。
国債残高の対GDP比
貨幣流通速度が一定、つまり、=0 の場合について考えると、
名目GDP成長率が一定でゼロでなければ、以前の記事の国債残高の対GDP比の式より、次式が得られます。
プラス成長の場合
名目GDP成長率が、プラス成長( > 0)であれば、第2項がゼロに収束し、国債残高の対GDP比は に収束します。
マイナス成長の場合
名目GDP成長率が、マイナス成長( < 0)であれば、次のようになります。
マイナス成長の場合、国債発行額 (=) は負の値になりますが、国債を発行するのではなく、税によって貨幣を市場から吸い上げることを意味します。国債残高は縮小していきます。
また、貨幣量が国債残高よりも小さいということはないので、 > となることはそもそもありませんので、無限大への発散はありません。
< の場合、ある程度時間が進行すると、国債残高 がマイナス残高、つまり、国がお金を貯める状況になります。
ゼロ成長の場合
ゼロ成長 () であれば、国債発行額 (=) もゼロで国債残高は増加せず、名目GDPも成長しないので、国債残高の対GDP比は変化せず、 のままです。
貨幣流通速度が上昇すれば、債務残高はゼロに収束する
貨幣流通速度が上昇していく、つまり、貨幣流通速度の変化率 が正の場合を考えます。
このとき、 ですので、
従って、
また、プラス成長であれば、ドーマーの定理により、国債残高の対GDP比はゼロに収束します。
これは、貨幣流通速度が上昇することによって、たとえ、少ない貨幣量であっても、お金が何回も循環していくことで、所望するインフレ率が得られるということを意味します。
実際には、貨幣流通速度には上限があると考えられるので、途中で=0となり、貨幣流通速度が一定の場合と同様に、ある国債残高に収束していくと考えられます。
貨幣流通速度が下降すれば、債務残高は発散する
貨幣流通速度が下降していく、つまり、貨幣流通速度の変化率 が負の場合を考えます。
このとき、 ですので、
プラス成長であれば、>0となりますので、国債発行額の対GDP比率は発散します。
国債発行額の対GDP比率が発散していくのであれば、国債残高も発散します。
実際には、貨幣流通速度がどこまでも下降することはなく、貨幣流通速度が一定となり、国債残高の対GDP比は収束すると思いますが、それまでの間、貨幣流通速度の低下によって債務残高は増大していきます。
3. 具体例
3.1 簡単な例
次の事例で国債発行額 を計算してみます。
- インフレ率: = 1%
- 実質GDP成長率: =1%
- 名目GDP: = 500兆円
- 貨幣量: = 1300兆円(マネーストックM3)
貨幣流通速度の変化率 =0% の場合
貨幣流通速度の変化率 =-1.5% の場合
最近のマネーストック統計M3の貨幣流通速度の変化率は、-1.5%程度です。この値を使って試算します。
貨幣流通速度の変化率が0%から-1.5%に低下すると、国債発行額を約20兆円も増加させる必要があります。
3.2 2018年の日本のデータを用いた試算
2018年のデータを用いて計算します。
- 名目GDP成長率 =0.51%(内閣府発表 *2)
(実質GDP成長率 = 0.69%、インフレ率 =-0.17) - マネーストックM3 =1344兆円(2019年3月末、日銀発表 *3)
- 貨幣流通速度の変化率 = -1.52%(筆者推計 *4 )
2017年度(853.2兆円)から2018年度(880.2兆円)の普通国債残高の増加は27.0兆円*5、マネーストック統計M3の増加量は、2018年3月末(1316.9兆円)から2019年3月末(1344.1兆円)で27.2兆円です。若干のずれがあるものの、それぞれの数字は、一見、一致しているように見えます。
しかし、市中銀行による貸出金の増加は、2017年3月末(493.7兆円)から2019年3月末(508.2兆円)の差で14.5兆円ありますので*6、それと普通国債残高の増加27.0兆円を合わせると、貨幣発行量は41.5兆円となり、マネーストック統計M3の27.2兆円の増加と大きく乖離しています。
一般政府(国・地方自治体・社会保障基金)の債務を見ると、2017年度(1280.9兆円)から2018年度(1301.8兆円)と20.9兆円の伸びに留まり*7、普通国債残高の増加27兆円よりも小さな値になっています。
一般政府債務と銀行貸出金の間には重複があると思われますが、まずは、マネーストック統計と貨幣発行量の統計値が一致しないことには、本稿の理論式の検証は難しいという印象です。
4. 貨幣流通速度低下時に債務が発散しない条件
現在の日本の貨幣流通速度は低下を続けています*8。
貨幣流通速度の変化率 が負の場合でも、実質GDP成長率 がプラス成長のもと、債務が発散しない条件について考えます。
貨幣流通速度が低下する場合であっても、債務が発散しないためには、 の の項を負にして、 をゼロ以下にすることが必要です。つまり、国債発行をせず、財政黒字にする必要があります。
つまり、貨幣流通速度が負である場合には、インフレ率の目標はマイナス、デフレとなるように貨幣供給することが必要です。また、このときの名目GDP成長率はマイナスです( ≤ < 0 )。
なお、デフレであっても、 >0 となる条件はありますので、経済成長は可能です。
財政黒字の条件から実質GDP成長率 の条件を導くと、
右辺が正であれば、 となり得ます。
、 ともに負ですので、この式は、貨幣流通速度が低下スピードよりもデフレ率が大きければ、実質GDP成長するとことを表しています。
貨幣流通速度の低下を条件とした場合に、実質GDP成長がプラス成長のもとで、債務残高を発散させないためには、①財政黒字を確保する、②デフレである、③貨幣流通速度の低下率よりもインフレ率の下げ率の方が大きいことが必要です。
これは非常にハードルが高い条件のように思います。
5. 貨幣流通速度と成長率の関係
1995年~2018年の日本の貨幣流通速度を以前調べましたが、およそ-5%~+1%の間で推移しています*9。また、名目GDP成長率はおよそ -4%~-+3%、実質GDP成長率はおよそ-3%~+3%で推移しています。
この推移を見ると、貨幣流通速度と実質GDP成長率・名目GDP成長率に相関があることが分かります。これは散布図にすると、良く分かると思います。
国債残高の対GDP比を発散させないためには、まず、貨幣流通速度の変化率を正の値にすることが肝要です。
散布図を見ると、名目値でも、実質値でも、GDP成長率が1%を超えると、貨幣流通速度は-1%~+1%の間で分布するようになっています。
このことから、GDP成長率がある程度高くなると、貨幣流通速度も上昇することが期待できます。但し、因果関係として、GDP成長が貨幣流通速度の向上をもたらすのか、貨幣流通速度の向上がGDP成長をもたらすのかは議論の余地があります。
6. 貨幣流通速度を上昇させるための税制
6.1 眠った現預金は貨幣流通速度を低下させる
貨幣流通速度の低下は、人々が貯蓄を行って、あまりお金を使わなくなっていることを意味します。
貯蓄の目的は、住宅購入・教育資金のための頭金や老後資産などの将来的な貯えかもしれませんし、将来の経済危機に備えた企業の貯えかもしれません。富裕層の使いきれないお金であったり、特段の目的なく貯蓄をすることもあるでしょう。
貯蓄は重要ですが、タンスに眠っているだけで、使われない現金(紙幣・硬貨)であれば、これは経済にとっては存在しないも同然です(タンス預金の貨幣流通速度はゼロです)。
銀行に預けられている預金も同様です。貯めているだけで消費されなければ、貨幣流通速度(貨幣回転率)の増加に寄与しません*10。
但し、同じ貯蓄であっても、債権や株式に投資されたお金であれば、それは企業活動に使われますので、眠ったお金にはなりません。
6.2 税金でお金の流れを誘導する
税金は、国の活動のために集められるということもありますが、お金の使い方の誘導もできます。
例えば、環境税は、環境負荷の抑制を目的に導入される税金です。税金を課すことによって、例えば、高いガソリン税を課せば、ガソリンの消費が抑制されます。レジ袋に税金を課せば、レジ袋を使うのを控えるようになるでしょう。消費に税金を掛ければ、消費が抑制されます。
同様に、貯蓄を抑制したいのであれば、貯蓄へ税金を課せばよいということになります。特に問題なのが、現預金の貯蓄です。
現金への課税は、法人を除けば困難ですので、筆者として、預金税が良いと考えています。預金税から得られた税収増を相殺するように消費税を減税すれば、税収は一定でも、貯蓄を抑制し、消費を活性化することができるでしょう。
なお、預金税については、別記事で考察しています*11。
預金税は、澱んで滞留してしまったお金を救い上げて、経済の循環の中に戻すという見方もできるでしょう。
7. 最後に
今回は、次の命題を証明しました。
貨幣数量説に基づく国債発行額と国債残高の収束性
① インフレ率 が特定の値となるように毎年の国債発行額 を決める場合、国債発行額と実質GDP成長率 、貨幣流通速度の変化率 と貨幣量 の間には、次の関係が成り立つ。
② 名目GDPがプラス成長で、貨幣流通速度が上昇、もしくは、安定していれば、国債残高の対GDP比は収束する。
③ 名目GDPがプラス成長でも、貨幣流通速度が低下していれば、国債発行額の対GDP比は増大していき、国債残高の対GDP比は発散する。
貨幣流通速度が低下するというのは、簡単に言えば、お金が貯蓄されて使われないということです。
国債発行額・発行貨幣量をいくら増やしても、お金が貯蓄され使われなければ、なかなか経済は成長しません。また、債務残高はどんどんと膨れ上がるということになります。
このため、貨幣流通速度を上昇させる、または、安定させることによって、債務を発散させないようにすることが必要です。貨幣流通速度が安定すれば、財政赤字があっても、国債残高が発散することはありません。
(2019/9/14)
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付録:民間貸出による市中銀行の貨幣供給
ここまでの議論では、民間への貸出に伴う市中銀行による貨幣供給は考慮に入れていません。
ここでは、民間貸出による貨幣供給も考慮にいれ、検討します。
まず、貨幣量 を国債由来の貨幣 と、民間貸出由来の貨幣 に分けます。
このとき、毎年の国債発行額 は、次式となります。
ここで、、 は、それぞれ貨幣全体の貨幣増加率と、民間貸出に伴う貨幣の貨幣増加率です。
国債発行額の対GDP比は、
上式の第1項は、これまでと同じですが、第2項が付くことによって、 が負であっても、発散しない可能性が出ててきます。例えば、 、つまり、名目GDP成長率よりも民間貸出の貨幣増加率が大きくなれば、発散しない可能性があります。
もっとも民間貸出が多くなるような状況は景気が活発であるのでしょうから、貨幣流通速度も上昇していって、第1項も小さくなっていく局面であるかもしれません。
*1:インフレ率・経済成長率と貨幣量の変化率との関係式(フィッシャーの交換方程式からの導出) - ゲゼルマネー経済学入門
*2:内閣府, 「国民経済計算(GDP統計):2019年1-3月期2次速報値」.
*3:日本銀行, 「時系列統計データ 検索サイト マネーストック」.
*4:日本における貨幣回転率とその変化率 - ゲゼルマネー経済学入門
*6:日本銀行, 「預金・貸出関連統計(預金・現金・貸出金)」.
*8:日本における貨幣回転率とその変化率 - ゲゼルマネー経済学入門
*9:日本における貨幣回転率とその変化率 - ゲゼルマネー経済学入門
*10:貨幣外生説の立場であれば、銀行預金に貯えられた預金は貸出に回されると考えますが、貨幣内生説の立場であると貸出金は銀行による貨幣創造によって賄われるため、預金を必要とはしません。預金に対応する貸出金や債券などの資産から銀行は金利得て、預金にも利息を付けますが、基本的には消費に使われるわけではないので、貨幣流通速度の向上に寄与しないお金と考えることができます。