ゲゼルマネー経済学入門~ゲゼルマネーを導入して、好景気にしよう

ゲゼルマネー経済学入門

ゲゼルマネーを導入して、好景気にしよう

【MMT】「政府赤字は、民間黒字?」 間違えではないけど、歪んでるよね?

 MMTについて、少し勉強を始めました。「R. レイのMMT入門」というタイトルで、翻訳がネット上で公開されていますが、今回は、その記事を読んでの感想です。

1. 誰かの金融資産は誰かの金融債務

 今回の感想は、R.レイのMMT入門 第一章 マクロ会計の基本 第一節 ストック-フロー会計の基礎についてです。

 この節の最初のパラグラフは、「誰かの金融資産は別の誰かの金融債務」となっています。MMTを代表するキーワードです。

 「あらゆる金融資産には、対応する等額の金融債務が存在している」ので、民間だけの世界で考えた時には、その中での貸し借りによって生まれた資産・債務は打ち消されて、純金融資産はゼロになります。

 このため、民間の純金融資産の増加には政府赤字が必要であるとMMTでは主張します。「政府の赤字は、民間の黒字」や「政府の借金は、国民の資産」などが一種のスローガンになっています。

 これはこれで正しいのですが、ここだけを見てしまうと、現実世界に対して少し歪んだものの見方を持つことになるかもしれません。

注:ここでの金融資産とは、現預金のことです。通常、金融資産と言った場合、現預金に加えて株式や債券なども含みます。この場合は、ゼロサムにはなりません。

2. 政府債務よりも、民間債務の方がずっと大きい

 政府債務が少ない国は世界中にたくさんあります。

 世界における民間債務残高は、対GDP比で220%を超えます(図参照*1)。

 これに対して、政府債務残高が、対GDP比で220%を超えるのは日本だけです。世界の半数の国の対GDP比政府債務は50%以下で、100%を超える国は16カ国しかありません*2。そして、政府債務がゼロ、あるいは、ほとんどない国もあります。

 世界全体での政府債務比率の数字は持ち合わせていませんが、仮に対GDP比70%としても、民間債務は政府債務の3倍以上あることになります。

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世界の民間債務残高(内閣府資料より引用)

3. 政府債務はゼロでも、家計の金融資産は増える

 貨幣は、債務によって生まれますが、政府債務はゼロであっても、民間負債によって貨幣を生み出すことができます。この民間由来の貨幣が家計に貯蓄されれば、家計の金融資産は増えます。

 ここで、民間を企業と家計に分けて考えます。すると、家計の純金融資産がプラスになるためには、企業の純金融資産はマイナスにならなければなりません。

 さて、企業の純金融資産がマイナスとなることは問題でしょうか?

4. 企業の純金融資産の赤字は全く問題なし

 通常、企業の純金融資産は、大幅なマイナスです。これは全く問題ありません。

 企業のバランスシートを見たことがある方は分かると思いますが、企業は金融資産を多くは持ちません。手元流動性を確保するために現預金などを持ちますが、それ以上には必要ないからです。

 むしろ、企業が余剰の金融資産を多く持つことの方が問題視されます。あまり多いと資金を効率的に使っていないと考えられるからです。使わない余剰金があるならば、株主は配当を求めるでしょう。

 その代わりに企業は、土地、建物、設備、棚卸在庫等の実物資産を持っています。このため、総資産(金融資産と実物資産の合計)が債務残高を下回ることは、通常ありません。

 もし、総資産よりも債務の方が多ければ、債務超過ですので、そのような企業はすぐに淘汰されいなくなります。

5. 最後に

 「政府の赤字は、民間の黒字」は、正しいです。しかし、政府赤字を増やしたからと言って、健全に経済成長するとは限りません。むしろ、政府債務が大きい国は経済破綻してきたというのが歴史的事実です。

 健全な経済成長によって、企業が大きくなり、企業のバランスシートが拡大していく中で、民間債務も増えて、貨幣量も増加し、家計の貯蓄も増えるというのが、健全な経済成長の姿と思います(付録参照)。

(2019/8/11)

付録:経済の成長

 簡単な例で、経済成長と金融資産との関係を説明したいと思います。

 ある会社が100万円を銀行から融資してもらい、事業を始めたとしましょう。簡単のために仕入なしで、労働者だけがいれば、商品が生産できるとします。(例えば、素潜りでお魚を採る(笑))

① 作って売る

 家計(労働者)に労賃100万円を払って、商品を100個の商品を生産し、それを1個1万円で家計に販売した場合を考えます。

会社家計
① 最初の状態100万円0円
② 商品を生産した段階100万円商品100個0円
③ 賃金を支払った段階0円 商品100個100万円
④ 商品を販売した段階100万円0円商品100個

 ①~④のサイクルを通して、家計は商品100個を入手することができます(お魚を食べられます)。

② 生産性の向上

 (漁にもなれて)生産性が向上し、同じ労賃でも、商品を110個生産できるようになった場合を考えます。販売価格は同じく1個1万円とします。

会社家計
① 最初の状態100万円0円
② 商品を生産した段階100万円商品110個0円
③ 賃金を支払った段階0円 商品110個100万円
④ 商品を販売した段階100万円商品10個0円商品100個

 生産性が向上することで、企業は10個の商品を余計に持つことができました。この10個分の商品は、実物資産10万円に当りますので、会社の総資産は、金融資産100万円と実物資産10万円の計110万円となります*3。一方、負債は100万円なので、純資産は10万円となります。つまり、生産性が向上することで、純資産が10万円増えます

③ 銀行からの追加融資と生産機械の導入

 技能の向上だけでは生産性が上がらないなら、生産機械を導入しましょう。

 銀行に10万円を追加融資してもらいます。負債は計110万円となりますが、企業は110万円を持てるようになりました。

 まず、10万円の労賃で自作した生産機械(例えば、釣り道具)を導入し、商品110個生産できるようになったとしましょう。商品110個を生産する労賃はこれまでと同じ100万円とします。

会社家計
① 最初の状態110万円0円
①’ 機械を導入した段階100万円機械1個10万円
② 商品を生産した段階100万円商品110個
機械1個
10万円
③ 賃金を支払った段階0円 商品110個
機械1個
110万円
④ 商品を販売した段階100万円商品10個
機械1個
10万円商品100個

 生産性が向上し、商品を10個余分に作ることができるようになりました。このとき企業の負債は110万円、金融資産は100万円、実物資産は商品10万円と機械10万円の計20万円で、企業の総資産は120万円となります。純資産は10万円で、純金融資産はマイナス10万円となります。純金融資産がマイナスでも、企業経営としては問題ありません。

 また、家計には10万円の貯蓄ができました。家計に貯蓄ができるのは、企業が追加融資してもらったお金10万円を機械導入を通して、家計に供給しているからです。

④ 新製品の開発

 生産性の向上によって、商品が余分に作れるようになりましたが、それでは、どんどんと商品の在庫が増えてしまいます。新製品を開発しましょう。

 90万円の労賃で100個の商品を生産し、10万円の労賃で新製品10個(お酒)を生産し、新商品は全部売れたとしましょう。

会社家計
① 最初の状態100万円商品10個
機械1個
10万円
② 商品を生産した段階100万円商品110個
新商品10個
機械1個
10万円
③ 賃金を支払った段階0円 商品110個
新商品10個
機械1個
110万円
④ 商品を販売した段階110万円
商品10個
機械1個
0万円商品100個
新商品10個

 新商品が魅力的であれば、家計は生活が豊かになります(お魚とお酒にありつけます)。企業は売上を増加させることができます。つまり、新しい需要を掘り起こし、企業は成長したことになります。

⑤ 賃金上げ

 このとき企業の純資産は20万円に増えています。つまり、会社は利益を上げています。この利益の一部、例えば、10万円をボーナスとして家計に還元すれば、再度、家計に貯蓄は生まれます。むしろ、賃金を支払わなければ、次のターンでは売り上げは伸びませんので、好循環のためには、賃金支払いが必須と言った方が正しいです*4

会社家計
⑤ボーナスを支払った段階100万円
商品10個
機械1個
10万円商品100個
新商品10個

 さらに、経済成長の循環に入るためには、企業が借入金を増やして生産性を向上させ、新たな需要を掘り起こすことが必要です。そして、新たな商品が家計に受け入れられれば、それだけ家計は豊かになり、貯蓄も生まれます。

経済成長に政府赤字は必須ではない

 この例が示すように、生産性を向上させることで、会社の売上・資産は増加し、家計も賃金が増え、貯蓄ができるようになります。銀行は、融資額を増やすことで利益を増やすでしょう。ここで、関わっている3つの部門がそれぞれ成長します。

 このとき、政府支出はゼロで、企業・家計・銀行の純金融資産はトータルではプラスマイナスゼロです。つまり、政府赤字はなくとも、経済成長は可能で、家計は金融資産を増やすことができるのです。

*1:内閣府, 「世界経済の潮流 2018」, 2018.

*2:世界経済のネタ帳, 「世界の政府総債務残高(対GDP比)ランキング」

*3:商品が全部売れれば、そのまま10万円の売上増で、利益となります。しかし、このモデルでは家計に110万円のお金がないので、購入できずに、売れ残って、在庫商品になっています。

*4:厳密には、賃金を上げないでも、経済成長は可能です。商品価格が下がれば、家計の貯蓄もできますし、購入余力もできます。デフレ下での経済成長を目指すことになります。つまり、名目GDPは増えないけれども、実質GDPは増えるという経済成長です。