ゲゼルマネー経済学入門~ゲゼルマネーを導入して、好景気にしよう

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ドーマーの定理の証明(1):元祖ドーマーの定理

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 「インフレにならない限り、国債発行しても構わない」という反緊縮派の主張がありますが、MMTにおける財政スペースの増加量とドーマーの定理において許容される債務増加量が、ある条件下では、同じになり、対GDP比の国債残高は発散しないと推測しています。

 そこで、まずはドーマーの定理について勉強しようと思いましたが、面白いことに、ドーマーの定理については二つあるとのことです。金利と成長率に関するドーマーの定理は日本オリジナルのものらしいです。

 今回の記事では、本家のドーマーの定理とその証明について、書きたいと思います。

1. ドーマーの定理

 金融情報サイトiFinance*1では、ドーマーの定理を次のように説明しています。

ドーマーの定理は、「ドーマーの条件」とも呼ばれ、1940年代にロシア系アメリカ人の経済学者エブセイ・ドーマー(Evsey David Domar:1914/4/16-1997/4/1)によって提唱された、財政赤字の維持可能性に関する定理(条件)のことをいいます。これは、元々は、① 毎年の国債発行がGDPの一定割合に留まるならば、国債残高の対GDP比は一定の値に収束して財政破綻は生じないという概念でしたが、現在、日本においては、② 名目GDP成長率が名目公債利子率を上回れば、財政赤字は維持可能であるという概念になっています。
(①、②、太字は筆者が追加)

 本家のドーマーの定理は、①の「毎年の国債発行がGDPの一定割合に留まるならば、国債残高の対GDP比は一定の値に収束して財政破綻は生じない」の方です。②が日本版ドーマーの定理です。

 二つあるドーマーの定理については、明治大学の畑農鋭矢教授のブログに詳しく解説されています(付録参照)。

2. 定理の証明

 理解を深めるために、ドーマーの定理について証明をしました。

 定理の証明について調べてもすぐには見つかりませんでした。ドーマーのオリジナルの論文*2に書いてあるのかもしれませんが、特に難しそうでもないので、独自に証明しました。

2.1 証明する命題

 ドーマーの定理の「財政破綻しない」という命題は、そもそも誤りです。「一定割合」に条件が付けば、必ずしも誤りとは言えないと思いますが、その条件は示されていません。

 ドーマーの定理で財政破綻しないのは、国債残高に対する利払いが小さいという暗黙の仮定があるためと思われます。たとえ、国債残高が一定値に収束したとしても、その国債残高が大きくなり、利払いが大きくなれば、国家予算を組むことはできなくなるでしょう。この点に着目したのが、日本版ドーマーの定理です。

 従って、ここで証明するのは、「一定の値に収束する」という次の命題です。

ドーマーの定理
毎年の国債発行がGDPの一定割合に留まるならば、国債残高の対GDP比は一定の値に収束する。

2.2 対GDP比の国債残高

 毎年、GDP G_t に対して \alpha の比率で国債を発行するとき、毎年の国債発行額 b_t は次式となります。

\displaystyle
\begin{equation}
b_t = \alpha G_t 
\end{equation}

 新規国債発行後の国債残高 B_{t+1} は、次式です。


\begin{equation}
B_{t+1} = B_{t} + b_t
\end{equation}

 従って、


\begin{eqnarray}
B_t & = & B_{t-1} + \alpha G_{t-1} \\
 & = &  B_0 + \alpha \sum_{i=1}^{t} G_{i-1}\\
\end{eqnarray}

 両辺を G_tで割ると、

\displaystyle
\begin{eqnarray}
\frac{B_t}{G_t} & = & \frac{B_0}{G_t} + \alpha \sum_{i=1}^t \frac{G_{i-1}}{G_t}\\
\end{eqnarray}

 この条件だけでは、収束しませんね。G_t の値が不明だからです。

2.3 一定の経済成長を仮定

 GDPは、成長率 gg>0)で毎年成長すると仮定しましょう。すると、

\displaystyle
\begin{eqnarray}
G_t & = & (1+g) G_{t-1} = (1+g)^t G_0 \\
  \\
\frac{B_t}{G_t} & = &   \frac{B_0}{(1+g)^tG_0} + \alpha \sum_{i=1}^t \frac{(1+g)^{i-1} G_0}{(1+g)^t G_0}\\
 & = & \left(\frac{1}{1+g}\right)^t \frac{B_0}{G_0} + \frac{\alpha}{1+g} \sum_{i=1}^{t} \left(\frac{1}{1+g}\right)^{i-1}\\
& = &  \left(\frac{1}{1+g}\right)^t \frac{B_0}{G_0} + \frac{\alpha}{g} \left(1-\left(\frac{1}{1+g}\right)^t\right)\\
\end{eqnarray}

 右辺第1項は、t\rightarrow \infty でゼロに収束します。第2項は、等比数列の和で、これも収束します。t\rightarrow \infty での収束値は、次式となります。

\displaystyle
\begin{eqnarray}
\lim_{t\rightarrow \infty}\frac{B_t}{G_t} & = & \frac{\alpha}{g} 
\end{eqnarray}

 なお、g\le0 であれば、対GDP比の国債残高は発散します。

2.4 経済成長は一定でなくてもよい

 前節では、GDP成長率 g は一定としましたが、一定でなくとも、g_t>0 であれば、収束します。

 最小の成長率を g_\min とすると、最小の成長率のときの対GDP比の国債残高は \frac{\alpha}{g_\min} に収束しますが、国債残高比の式の第2項の級数の各項は、g_\min の場合の各項よりも小さくなるので、最小成長率の収束値よりも小さな値に収束します(級数の収束に関する比較判定法)。

\displaystyle
\begin{eqnarray}
0 \lt \lim_{t\rightarrow\infty} \frac{B_t}{G_t} & \lt & \frac{\alpha}{g_\min} 
\end{eqnarray}

2.5 財政破綻せずとも、経済破綻する

 ドーマーの定理では、\alpha がいくら大きな値であっても、発散することはなく、収束します。

 例えば、成長率が1%で、\alpha =1(対GDP比100%の国債発行)であったとしても、対GDP比の国債残高は収束します。しかし、収束値は、対GDP比が100(10,000%)です。500兆円のGDPなら5京円の国債残高です。発行した国債を中央銀行が引き受ければ、国債消化はでき、財政は破綻しないかもしれません。しかし、国債残高が5京円に到達する前にハイパーインフレなどが発生し、経済は破綻するでしょう。

 つまり、ドーマーの定理の「財政破綻しない」という命題は、そもそも誤りなのです。単に対GDP比の国債残高が発散しないと言っているに過ぎず、財政が破綻しないことを保証するわけではありません。

2.7 毎年の国債発行額

 毎年の赤字発行額の対GDP比 \alphag\gamma にすれば、国債残高の対GDP比は、\gamma に収束します。

\displaystyle
\begin{eqnarray}
\lim_{t\rightarrow\infty}\frac{B_t}{G_t} = \frac{\alpha}{g} = \frac{g~\gamma}{g} = \gamma
\end{eqnarray}

 つまり、債務残高の対GDP比の目標値が \gamma ならば、毎年の国債発行額 b_t は次式の発行額にすればよいです。

\displaystyle
\begin{eqnarray}
b_t = \alpha G_t & = & g~\gamma~G_t
\end{eqnarray}

 例えば、目標とする国債残高の対GDP比が\gamma=100%で、GDP成長率 g =2%、GDP 500兆円ならば、発行できる国債発行額は10兆円となります。

\displaystyle
b_t = g~\gamma~G_t = 0.02\times 1.0 \times 500\mbox{兆円} = 10\mbox{兆円}

3. 収束値の例

3.1 計算表

 具体的に数字を入れてみます。

 GDPが500兆円のとき、国債発行額30兆円とすれば、\alpha=6%ですが、その比率で国債を毎年発行するとします。そして、GDP成長率がg=2%なら、対GDP比の国債残高は、次の値に収束します。

\displaystyle
\frac{B_t}{G_t} = \frac{0.06}{0.02} = 3.0

 この場合、対GDP比300%の国債残高に収束します。

 \alphag を変更して、表にしました。

\alpha=1%
(5兆円)
\alpha=2%
(10兆円)
\alpha=4%
(20兆円)
\alpha=6%
(30兆円)
\alpha=8%
(40兆円)
\alpha=10%
(50兆円)
g=0.5%2.04.08.012.016.020.0
g=1%1.0 2.0 4.06.08.010.0
g=2%0.5 1.0 2.03.04.05.0
g=3%0.330.661.332.02.663.33
g=4%0.250.501.01.52.02.5
g=5%0.200.400.81.21.62.0
括弧内は、GDPが500兆円のときの国債発行額。


3.2 一般会計の例

 また、国の一般会計の数字を用いて計算すると、次のようになります*3

  • 2018年度
    • \alpha=\frac{\mbox{公債費35.4兆円-債務償還費14.3兆円}}{\mbox{名目GDP 552.5兆円}}=3.8%
    • 名目GDP成長率 g=0.9%
    • 対GDP比国債残高の収束値:424%
  • 2019年度
    • \alpha=\frac{\mbox{公債費32.7兆円-債務償還費14.6兆円}}{\mbox{名目GDP 566.1兆円}}=3.2%
    • 名目GDP成長率 g=2.4%
    • 対GDP比国債残高の収束値:133%

 2018年度と2019年度で収束値が424%と133%と大幅に違いますが、経済成長率が2倍以上異なることが大きく影響しています。

3.3 EUのマーストリヒト基準

 EUではマーストリヒト基準によって、財政規律を求めています。この基準の中には、次の二つの制約があります。

  • 単年度の新規国債発行額は、対GDP比で3%以下(\alpha\le3%)。
  • 債務残高は、対GDP比で60%以下。

 ドーマーの定理より、債務比率60%以下となるために必要な成長率 g は、

\displaystyle
g > \frac{0.03}{0.6}=0.05 = \mbox{5%}

 つまり、新規国債発行額が対GDP比3%であっても、経済成長率g = 5%以上であれば、債務比率60%以下を満たすことができます。

 しかし、経済成長率5%は必ずしも実現できるものではなく、達成可能な経済成長率を2%とすれば、


a < 0.6 \times 0.02 = 0.012 = \mbox{1.2%}

 日本のGDPを566.1兆円(2019)とすれば、僅か6.8兆円の新規国債発行しか許されません。現在、(償還分を除いて)18.4兆円の新規国債を発行している日本からすれば、厳しい基準となります。

4. 最後に

 ドーマーの定理を証明しました。証明のために必要であった条件を付け加えると、今回証明したドーマーの定理は、次の命題です。

ドーマーの定理
毎年の国債発行がGDPの一定割合で、GDPがプラス成長するならば、国債残高の対GDP比は一定の値に収束する。

 次回の記事では、プライマリーバランスに関係する日本版ドーマーの定理について、証明したいと思います。

(2019/8/23)

(追記:2019/8/24) ドーマーの定理の証明がありました*4。漸化式ではなく、連続関数で証明していますが、基本的に同じ考え方で、収束値も同一です。

(追記:2019/9/1) 毎年の国債発行額の対GDP比率 \alpha_t は一定でなくても、発散しません。これは、\alpha_t の最大値を\alpha_\max としたときに、t\rightarrow\inftyの極限の国債残高の対GDP比の値は、\frac{\alpha_\max}{g_\min} よりも小さくなるからです(但し、収束条件を満たさないために、値が安定するとは限りません)。

 従って、最も条件を緩めた場合のドーマーの定理の命題は、次のようになります。

(最も条件が緩い)ドーマーの定理
毎年の国債発行の対GDP比率によらず、GDPがプラス成長するならば、国債残高の対GDP比は発散しない。
(但し、国債発行の対GDP比率が無限大である場合、及び、GDP成長率が無限小のプラス成長率である場合は除く)

 要するに、プラス成長だけが、対GDP比の国債残高が発散しない条件です。これは、ドーマーの定理の意味では「財政破綻しない」ことになりますが、政府債務が非常に大きくなれば、実際には国の経済は破綻しますので、破綻条件としてはほとんど意味をなしていません。

関連記事

付録:畑野教授のブログ

 畑野教授のブログ「もう一度よく考え直してみてよ」に、ドーマー条件に関連する記事が投稿されています。それらの記事をリストアップしました。

 一連の記事は面白いです。特に、本家ドーマーの定理と日本版ドーマーの定理の謎についての記事は、特筆すべきものがあります。

 古いブログ記事でリンクがメンテされておらず、記事を追いかけるのが少々面倒です。また、「米原・荒条件(ドーマー条件)の導出」のリンク先のPDFにアクセスできない点は、ちょっと残念でした。

  • ドーマー条件~3つの謎(2011.6.6)
  • ドーマー条件~第1の謎「二つのドーマー定理」(2011.6.13)
  • ドーマー条件~第2の謎「ルーツ探索」(2011.6.25)
  • ドーマー条件~第3の謎「出生の秘密」(2011.7.15)
  • ドーマー条件~3つの誤解(2011.9.15)
  • 米原・荒条件(ドーマー条件)の導出(2011.9.22)
  • ボーン条件とドーマー条件(2011.12.9) +ボーン条件の補足(2011.12.11)
  • 「ボーン条件の補足」の補足(2011.12.20)

*1:金融情報サイトiFinance, 「ドーマーの定理」.

*2:Evsey D. Domar, "The Burden of the Debt and the National Income," American Economic Review, 34(4), pp.798-827 (1944) . (日本語訳:E.D.ドーマー[宇野健吾訳]『経済成長の理論』東洋経済新報社,第2章 (1959).(amazon)

*3:公債費・債務償還費は、財務省「債務管理リポート2019」のp166, p168参照。
名目GDP、名目GDP成長率は平成31年度予算のポイントのp4参照。

*4:石田昌夫, 「財政赤字問題の再検討」,産業経済研究所紀要, 第15号, 2005.3.