オリジナルのドーマーの定理において、毎年の国債発行額の対GDP比率を一定にするように基礎的財政収支を決めるとすると、成長率と金利・国債残高の間には制約が生じます。
今回は、この制約関係について説明します。
1. 成長率と金利・国債残高の制約関係
ドーマーの定理の条件を満たすように、毎年の国債発行額の対GDP比率を一定にしたとき、GDPの成長に伴って国債発行額に余力が生まれます。一方、利払い費(=国債残高×国債金利)が上昇すれば、国債発行額の余力を奪われます。この制約関係を金利が制御できるとして金利の制約条件として考えると、次の条件式が得られます。
成長率と金利・国債残高の制約式
ドーマーの定理の条件を満たしながら、GDPが成長するとき、基礎的財政収支の赤字を大きくし、財政支出の余力を増やすためには、金利は次の条件を満たさなければならない。
2. 証明
国債発行額の対GDP比率 を一定として、基礎的財政収支 を決めるとすると、
となります。ここで、 はGDP、 は国債残高、 は国債金利です。
GDP成長率をとすると、+1時点における基礎的財政収支 は、次式となります。
基礎的財政収支の赤字が小さくならないように(財政支出ができるように)、金利 を制御することを考えます。このとき、金利 は、次の条件式を満たさなければなりません。
等号が成り立つとき、これまでの基礎的財政収支の赤字幅は同額となります。金利がこれよりも小さいときには、国債発行額の対GDP比率 を一定にしたままでも、基礎的財政収支の赤字を以前よりも大きくできます。つまり、財政支出を増やせます。
3. 具体例
例えば、現在の国の予算をおおよその目安に、具体的に計算してみます。
- GDP =500兆円、国債発行額対GDP比 =4%として、国債発行額 =20兆円
- 国債残高 =1,000兆円、金利 = 1%として、利払い費 = 10兆円
とすれば、基礎的財政収支 =10兆円の赤字となります。
このとき、GDPが翌年に成長率 =5% で成長すると、許容される金利 は1%から1.08%に若干増加します。
金利は増えると言っても極僅かです。むしろ、5%成長しても、金利は1.08%とプラス0.08%以内に抑制しなければならないと言った方が適切でしょう。
ほとんど金利上昇が許されないのは、GDP成長によって得られる国債発行額の余力は、新たに生まれるGDP増に1よりもずっと小さい定率 を掛けていることと、債務残高が大きいことが原因です。
国債残高は毎年の国債発行額 よりも、通常は何倍も大きいので、金利が成長率の数分の一に抑制しなければなりません。
つまり、経済成長しても、金利をそれに伴って増やすことができず、金融抑圧することが必要となります。
金融抑圧できない場合には、基礎的財政収支の赤字を削減するか、もしくは、国債発行額の比率 を大きくする必要があります。国債発行額の比率の引上げはドーマーの定理の条件を破ることになり、国債残高の対GDP比が発散する恐れがあります。
4. 成長が生み出す国債発行の余力
4.1 国債残高の余力
成長率 が大きくなれば、国債残高の対GDP比率の収束値 が小さくなります。逆に収束値を一定にするのならば、 =1%から5%と成長率が5倍となる例では を5倍にしても、同じ収束値になり、 に余力はできます。
しかしながら、=1%、=4%のときの国債残高の収束値は400%で既に大きな債務残高です。=5%で=20%となりますが、成長率が1%に戻ったとき国債発行額を1/5に抑制できなければ、収束値が2000%、GDP500兆円であれば1京円と巨額になります。
債務残高の目標を=100%とするなら、=1×0.05=5% で若干の増加です。しかし、許容金利が1.08%から1.10%にわずかに増えるだけです。
債務残高の目標を=200%なら、=2×0.05 = 10%ですが、許容金利は1.19%に留まります。
また、マーストリヒト基準の60%なら、=0.6×0.05=3%なので、現状の4%でも国債発行額は多過ぎます。
4.2 国債発行額の余力
成長率 と金利が同じとなったときに、基礎的財政収支の赤字が減らないように を変更する場合について考えます。基礎的財政収支の差分の式で、 を時間に対する変数として、 とすると、
=4%、=1%、=5%、=5%、=500兆円、=1,000兆円とすると、
つまり、国債発行額の対GDP比は164%とは、GDP500兆円ならば、その年の1年の国債発行額が820兆円になり、現実的な数値とは言えません。
なぜ、このようなことが起こるかというと、成長によって新たに生み出される国債発行額の余力 が、利払い費の増加 を超えなければならないためです。
を極端に大きくはできませんので、利払い費の増加分を成長による国債発行額の拡大で補うことは期待できません。
4. 最後に
ドーマーの定理の条件を満たすように毎年の国債発行額の対GDP比率を一定にしたときの、成長率と金利・国債残高に関する制約式について解説しました。
基本的に成長率が大きくなったからといっても、基礎的財政収支の赤字枠はほとんど増えません。
このため、金利を低金利に抑制するか、金利が上がるのであれば、増加した利払い費に見合った分の基礎的財政収支の赤字削減を行う必要があります。
これを行わない限り、ドーマーの定理の条件を満たすことはできません。
(2019/9/2)