ゲゼルマネー経済学入門~ゲゼルマネーを導入して、好景気にしよう

ゲゼルマネー経済学入門

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【年金】第1回 老後の生活費

 金融庁の金融審議会が出した報告書をきっかけに年金の2000万円問題が話題になっています*1。日本の年金は、長らく国債を中心に運用されていたために、運用成績は決して良いとは言えませんでした。現在、年金が問題となっているのも、運用成績が悪いことが原因の一つです。

 さて、今回のシリーズ記事では、年金について、老後苦労しないために、どのくらいの積み立てが必要であるか、いくつかのパターンで計算しようと思います。

 第1回目は、老後に必要になる生活費についてまとめます。第2回目以降で老後生活のための資産運用の試算について書きたいと思います。

1. 老後の生活費

 老後の生活費はどのくらいになるでしょうか?

 老後の生活費に関しては、総務省統計局の「家計調査報告」*2に、高齢夫婦無職世帯・高齢単身者無職世帯の平均の家計収支が記載されています。

 ここで、高齢夫婦世帯、高齢者単身者世帯の定義は、次の通りです。

  • 高齢者夫婦無職世帯:夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯
  • 高齢単身者無職世帯:60歳以上の単身無職世帯
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高齢夫婦無職世帯の家計収支。家計調査報告(2017)のp28より引用(内訳は付録A参照

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高齢単身者無職世帯の家計収支。家計調査報告(2017)のp39より引用(内訳は付録A参照


 概要をまとめると、以下の通りです。

支出総額 社会保障給付(年金)不足分
高齢夫婦無職世帯 263,717円191,880円 54,519円
高齢単身者無職世帯154,742円107,171円 40,715円


 金融庁の報告書では、この「家計調査報告」の結果に基づいて、「夫 65 歳以上、妻 60 歳以上の夫婦のみの無職の世帯では毎月の不足額の平均は約5万円」としています。

2. 「家計調査報告」の注意点

 「家計調査報告」を用いるときの注意点を以下に挙げます。

現在の年金給付が前提

 家計調査報告の年金額は、あくまで現在の金額です。現状の年金給付額が将来にわたって保障されるわけではありません。

 将来的には、マクロスライドによって年金は減額されていくことが予想されますので、老後に不足となる金額は大きくなる可能性があります(付録B参照)。

データは平均値

 「家計調査報告」での社会保険給付191,880円や107,171円というのは、あくまでも平均値です。多い人もいれば、少ない人もいます。詳細については、次節で説明します。その他の収支についても同じです。

支出の内訳

 付録Aに示した支出の内訳をよく見てください。自分の現在の生活実感と比較して、どのように感じますか?これを多いと思うか、少ないと思うか、人それぞれでしょう。

 仮に、あなたが5万円の赤字なしで生活できるということであれば、あなたには年金2000万円問題はありません。

 あくまで、年金額が現在程度の水準が保たれることが前提です。高齢者にとっては今と比べて年金受給水準があまり下がらないという仮定は成り立つかもしれませんが、若い人にとっては、そうはなりませんので、現在の高齢者よりも、もっと質素に生活しなければ赤字を回避できないと考えれます。

 不足額が5万円と言っても、ゆとりを得るために、十分にある貯蓄を取り崩しての赤字と考えられる場合も多いでしょう。なぜなら、高齢者世帯の貯蓄残高の平均値は2,384万円にも上るのです(付録C参照)。

住居費の取り扱い

 高齢夫婦世帯で13,656円、高齢単身世帯で14,538円となっています。それぞれの世帯の持家率は示されていませんが、60~69歳、70歳以上、65歳以上の二人以上世帯の持家率は、それぞれ93.0%、94.5%、94.2%です(報告書 p24)。この影響で住居費が小さくなり、賃貸世帯はこの調査結果との乖離が大きくなっていると考えられます。このため、賃貸世帯では、年金だけでは大幅に不足する可能性があります。 

 住居費については、この統計を本当に信じてよいのか、疑問になる点があります。それは、35歳未満の単身世帯、持ち家率2.2%に対して、住居費が29,811円となっている点です(報告書 p38)。ほとんどの世帯が賃貸アパート・賃貸マンションに住んでいるということになると思いますが、値段が安すぎます。筆者の理解が間違っているのかもしれませんが、統計全体として住居費が全体的に安すぎると感じています。特にこの単身者の住居費については、理解できません。

60歳~65歳の年金未支給期間の取り扱い

 60歳から65歳までの間では、繰り上げ給付を受けない限り、年金は給付されません*3*4。老齢厚生年金については、この調査時点で60歳の昭和32年生まれの人は61歳からの支給になりますので、1年間だけ給付がありません。それ以外の人は老齢厚生年金の給付はされます。今後、支給開始年齢が遅くなりますので、60歳~65歳までの年金給付がない世帯が増えることで、平均収入は減少することが予想されます。

その他の注意事項

 収入や支出が、どの項目に対応するか不明な場合、収支項目分類を参照してください。やはり、注意が必要なのは、住居関連の支出です。

  • 住宅ローンは、支出には含めません。
  • 固定資産税等は、非消費支出の「直接税」に含まれます。
  • マンションなどの管理費は、「住居」に含まれると思われますが、修繕積立金については不明です(筆者は良く分かりません)。
  • 自動車購入費は、「交通・通信」に含まれます。

3. 年金受給額

 「家計調査報告」の社会保険給付191,880円や107,171円というのは、あくまでも平均値です。多い人もいれば、少ない人もいます。自分がもらえる年金の見込み額は、ねんきん定期便で確認できますので、まずは自分の年金の見込み額を把握しましょう。

3.1 厚生年金の平均月額

 厚生労働省が発表している「厚生年金保険・国民年金事業の概況」(PDF)では、次の図に示す分布となっています。

 全体の平均値は144,903円、男性の平均値は165,668円、女性の平均値は103,026円です。「家計調査報告」は、厚生年金受給者以外にも国民年金受給者、受給なしの世帯も含まれ、さらに、世帯単位の統計ですので、いろいろと違いが出ています。

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厚生年金の受給額の分布。シニアガイドより引用。

3.2 「国民生活基盤調査」の世帯収入

 「家計調査報告」では二人以上の勤労世帯の実収入は533,820円、可処分所得は434,415円となっています。40歳未満に限った場合でも、実収入477,325円、可処分所得399,999円です。金額が大きいと感じる人も多いのではないかと思います。これは、平均値を使っているからです。統計は異なりますが、厚生労働省の「国民生活基礎調査」では、約6割の人は平均以下の所得水準です。

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世帯の所得金額の分布。国民生活基礎調査(2017)より引用。


 老後収入においても、あくまで平均ですので、平均以下の人も多数います。自分がもらえる年金額を知ったうえで、不足額を考える必要があります。

4. 最後に

 今回は、年金2000万円問題のもととなった総務省統計局の「家計調査報告」をもとに、老後の生活費を見てきました。自分のライフスタイルによって、必要な生活費は異なります。また、年金収入も人それぞれです。まずは、自分の状況を把握して、老後の資金計画を立てることが必要でしょう。

 第2回以降は、老後に必要な資金の運用についてまとめます。

(2019/6/18)

関連記事

付録A:老後の家計収支(家計調査報告)

 老後の家計収支の詳細を示します。2017年の家計調査報告からの引用です。

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高齢夫婦無職世帯の家計収支。家計調査報告(2017)の p29より引用。


f:id:toranosuke_blog:20190618085927j:plain 高齢単身無職世帯の家計収支。家計調査報告(2017)のp40より引用。

付録B:年金の減額

 図は2014年の年金制度の財政検証*5に基づいて計算された年金額の変化です。2009年の財政検証からの差分を表しています。

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ダイヤモンドZAI ONLINEより引用

付録C:高齢者世帯の貯蓄額

 総務省の家計調査では、家計収支と共に、貯蓄・負債についても調べています*6

 この報告における高齢者世帯は、「二人以上の世帯のうち世帯主が60歳以上の世帯」、高齢無職世帯は「二人以上の世帯のうち世帯主が60歳以上で無職の世帯」です。家計収支の高齢者世帯の分類とは異なりますが、およその目安にはなります。

 高齢者世帯の平均貯蓄額は2,384万円です。2,500万円以上の貯蓄残高を持つ世帯が全体の34.1%を占め、2,000万円以上になると42.1%にもなります。高齢者無職世帯については、頻度分布は示されていませんが、平均貯蓄額は2,348万円となっています。

 2,500万円以上の貯蓄がある世帯では、2,000万円問題は発生しないと思われます*7。むしろ、5万円不足という年金2000万円問題の発生は、ゆとりのある生活のために貯蓄を切り崩している、これらの裕福な世帯が原因かもしれません。

 つまり、貯えがあるから、十分な赤字が出せるのであって、貯えがなければ、赤字は出しません(出せません)。本当に生活ができないほどの不足であれば、働く必要がありますが、この調査では、そのような視点のまとめはなく、実態は不明です。

 一方、貯蓄が少ない世帯は、年金額も少ないと推測できますが、このような世帯では、生活が苦しく、高齢になっても、仕事をして稼ぐ必要がある場合も多いと思います。

f:id:toranosuke_blog:20190618202831j:plain 高齢者世帯の貯蓄残高の分布。家計調査年報(貯蓄・負債編)より引用。

*1:金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書, 「高齢社会における資産形成・管理」. 2019.6.3.(PDF)
  この報告書のp21に「夫 65 歳以上、妻 60 歳以上の夫婦のみの無職の世帯では毎月の不足額の平均は約5万円であり、まだ 20~30 年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で 1,300 万円~2,000 万円になる」とあり、これが抜き出し報道され、問題となりました。
 2018年の家計調査報告(PDF, 2019.5.10公開)では不足額は約4.2万円と改善されていますが、本稿では問題となった2017年の報告書の数字に基づきました。

*2:総務省統計局, 「家計調査報告(家計収支編)-平成29年(2017年)平均速報結果の概要-」, 2018.2.16公開. PDF資料

*3:日本年金機構, 「老齢厚生年金の受給要件・支給開始時期・計算方法 老齢年金(昭和16年4月2日以後に生まれた方)」. 特別支給の老齢厚生年金の支給開始年齢(PDF)

*4:厚生年金、国民年金の繰り上げ・繰り下げについては、「平成29年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況 」(厚生労働省年金局)に報告されています。厚生年金の繰り上げ受給率は、0.2%(p15)、国民年金は14%(p25)です。

*5:厚生労働省, 「将来の公的年金の財政見通し(財政検証)」.

*6:総務省統計局, 「家計調査年報(貯蓄・負債編)平成29年(2017年) 貯蓄・負債の概要」. PDF資料

*7:終末期には、病院や老人ホームへの入院・入所期間が長くなることがときどき発生します。5年、10年、20年と長期化する場合もままあるので、そのような事態を目撃していると、子供に迷惑を掛けないためにと、貯蓄を使わない高齢世帯も多いと思います。私の身近で終末期が長期化したケースでも本人の貯えを使って凌いだということなので、本人に潤沢な貯えがあったと思われます。必ずしも高所得世帯ではありませんでしたが、贅沢をせず、貯蓄をする世代でもあり、その貯えが役に立ったわけです。貯えがない場合、現状の制度では、子供が終末期の費用を負担することになります。これが、高齢者が安心してお金を使うことができない原因の一つと思います。そして、それは現役世代も同じです。過度に貯蓄すれば、デフレになりますが、日本経済がデフレから脱却できない理由の一つも、将来不安に原因があります。